バイデン米政権は「脱トランプ」に成功するのか?

1月20日の就任演説においてバイデン米大統領は「今日が(米国の)再生と決意の日」と表明した。それは、コロナ禍という最大の試練の克服だけでなく、分断と対立を生んだトランプ前米政権の時代からの脱却の意思を示すものだったと言える。

では、就任から約3週間が経過した現在、バイデン米政権の下で米国政治における「脱トランプ」の見通しはどうなっているのだろうか。

トランピズム―ポピュリズムと反グローバル化の加速

「トランピズム」(※1)を象徴するキーワードは多数あるが、ここでは、「ポピュリズム」と「反グローバル化」という2つの概念に注目したい。

米プリンストン大学のミュラー教授は、ポピュリズムの本質は、自分たちだけが正しい民衆の意思を代表すると考える「反多元主義」にあると論じる。(※2)トランプ前米政権の下では政策や大統領の発言、行動を介して、このような反多元主義の思想が様々な形で表出した。(図表1)

【図表1】ポピュリズムとトランプ前米政権
出所:丸紅経済研究所作成

反グローバル化という点では、オバマ政権下で移民制度改革などが進められていたが、トランプ前米大統領が政権に就くと、その在任期間(2017-2020年)中、米国に対する直接投資や米国永住権取得者数などの指標は減少傾向が続いた。(図表2)

もちろん、このような統計上の数字の動きは必ずしもトランプ前米政権という要因のみで説明されるべきではない。ただ、同政権の下で投資・移民規制強化策が積極的に進められたことが、このような内向きの傾向を助長してきたことは否めないだろう。

【図表2】対米直接投資・米国永住権取得者数
出所:国連貿易開発会議(UNCTAD)、国土安全保障省(米国)

「脱トランプ」の優先度―民主党陣営

1月20日に就任したバイデン米大統領は、わずかな期間で気候変動、人種差別、移民問題などに関してトランプ前米政権の方針を覆す内容を含む決定を数多く下した。(図表3)これらは確かにバイデン米政権の重要課題として掲げられたテーマで、選挙戦からの公約を有言実行した形だ。

【図表3】バイデン米政権による主な政策行動(2021年2月9日時点)
出所:ホワイトハウスのホームページより丸紅経済研究所作成

ただし、このような政策方針の転換が数十件の大統領令(※3)を含む行政執行権の範囲で進められている点には注意が必要だ。

トランプ前米政権においてオバマ政権の決定を覆す多くの大統領令が打ち出されたように、行政執行権により修正された政策方針は政権交代により容易に覆る。長期的に有効な政策転換を行うためには議会での立法措置が欠かせない。

また、より重要かもしれないのは、足元で米国民の関心は新型コロナワクチン普及や経済対策などのコロナ禍を巡る問題に集中している点だ。1月末に米調査会社ピュー・リサーチ・センターが行った政策優先度の世論調査では、トップ3を経済、コロナ禍、雇用が占めており、人種差別(10位)、移民(14位)、気候変動(15位)、貿易問題(16位)などは軒並み低い順位となった。(※4)

「脱トランプ」はバイデン米政権にとって重要な政治課題の1つだが、その実現のためにはまず新型コロナウイルス・経済対策でしっかりと成功を収め、十分な支持率を確保することが得策だろう。

「脱トランプ」を巡る錯綜―共和党陣営

もう1つ注目すべきなのは、共和党陣営の下での「脱トランプ」運動の行方である。記憶に新しい1月6日の連邦議会乱入事件を契機に、共和党内では乱入者を煽動したと非難されるトランプ前米大統領と縁を切るべきだという主張が強まった。

しかし、トランプ前米大統領が2024年の米大統領選に向けて独立党での出馬をほのめかす中、当初トランプ批判を展開していた下院院内総務のマッカーシー議員は、1月28日にフロリダ州の別荘まで赴いて早々に和解を演出した。

議会で進行中の弾劾裁判についても、上院で裁判停止を巡り1月26日に行われた採決で共和党からの「造反組」は5人に留まったことから、弾劾採決自体で3分の2以上の賛成を得る公算は低いと見られている。

加えて、足元で2022年の中間選挙にトランプファミリーが出馬するのではないかという観測も飛び交っている。(図表4)

2024年の米大統領選へのトランプ再出馬については依然本人からも言明はないが、トランプファミリーの中間選挙出馬は、2020年の米大統領選敗北後のトランプ人気を推し量るための「観測気球」として使われるという見方も強い。裏を返せば、少なくとも当面は共和党がトランプ前米大統領との結びつきを全面的に解消する可能性は低いということだ。

【図表4】トランプファミリーによる政界進出の動き
出所:ポリティコなどより丸紅経済研究所作成

トランプを超えたトランピズム

最後に、トランピズムを構成してきた要素の中には、図表3で示した保護主義政策のようにトランプ前米大統領の存在を超えて米国の政治・社会に定着しているものも少なくない。

何より分断を煽り一部の強力な支持層を定着させるトランプ流の選挙戦略は、2020年大統領選挙においても有意に否定されるには至らなかった。その意味で、トランピズムはトランプ前米政権の退場と共に消え去るものではなく、米国政治を揺らす要素として当面その存在感を維持すると考えられる。

(※1)自国第一主義の立場から既存の政策枠組みや国際レジームを否定し、多様性に対する非寛容な態度をとるトランプ前米大統領の政治姿勢などを指す。元共和党下院議長でトランプ前米大統領のアドバイザーでもあるニュート・ギングリッチ氏が2016年の米大統領選期間中に使い始めた言葉とされる。

(※2)ヤン=ヴェルナー・ミュラー(板橋拓己訳)『ポピュリズムとは何か』(岩波書店、2017年)。

(※3)ここでいう「大統領令」は行政命令、大統領覚書、布告などを含めた大統領の行動を指す。詳細は久保文明、阿川尚之、梅川健編『アメリカ大統領の権限とその限界』(日本評論社、2018年)、62-64頁を参照。

(※4)人種差別、気候変動は民主党・共和党の間で関心のかい離がとりわけ大きく、分断の根深さを再確認させる調査にもなった。” Economy and COVID-19 Top the Public’s Policy Agenda for 2021”, Pew Research Center (Jan. 28, 2021).

コラム執筆:坂本 正樹/丸紅株式会社 丸紅経済研究所