テスラが過去最高の四半期を達成

「Best quarter in history(テスラの歴史上、最高の四半期)」とテスラ(TSLA)のイーロン・マスクCEOは述べたと言う。テスラ(TSLA)が10月21日に発表した2020年第3四半期(7~9月)の決算は、売上高が過去最高となる87億7100万ドル(前年同期39.2%増)、純利益は3億3100万ドル(前年同期比2.3倍)となり、5四半期連続の黒字を達成した。

今回、大幅な増益となった大きな要因は2つ。1つはモデル3を含む新車販売が好調だったこと。新車販売台数は四半期としては過去最高となる約13万9300台(前年同期比43.6%増)と大幅に増加した。2つ目は、筆者がこれまでにも指摘してきたようにRegulatory Credits(規制クレジット)の販売が伸びたことである。

フォーブスの記事「テスラの5四半期連続黒字化を生んだ「クレジット」の中身」によると、この四半期のテスラの規制クレジット販売額は3億9700万ドルとのこと。前四半期(4〜6月期)の4億2800万ドルを含め、2020年の累計は11億8000万ドルに及んでおり、既に2019年実績の2倍に達している。

テスラは開示資料において次のようにコメントしている。

当社はこれらのクレジットを、排出ガス基準やその他の規制要件を満たすために規制クレジットを使用できる自動車会社やその他の規制対象事業体に販売してきており、また、今後も販売していく予定です。

以前の記事でもお伝えしたように、テスラの売上は「Automotive sales(電気自動車の販売)」、「Automotive leasing(電気自動車のリース事業)」、「Energy generation and storage(エネルギー発電と貯蔵製品)」、「Services and other(サービス、その他)」の4つに加え、「Regulatory Credits(規制クレジット)」が重要な収益源である。

米国の自動車メーカーは規制によってゼロエミッションの車を一定の割合で販売することが義務づけられている。販売が規定数に達しない場合、自動車メーカーは違反金を支払うか、他のメーカーから余剰クレジットを購入する必要がある。それが規制クレジットである。テスラが生産する車は全てがゼロエミッションであるため、テスラは相当量の規制クレジットを確保しており、これをGMやフィアット・クライスラーに販売している。

米カリフォルニア州は2035年までに州内におけるガソリン車やガソリントラックの新車販売を停止することを決定した。カリフォルニア州は米国最大の自動車市場であり、毎年約200万台の新車が販売されている。これはカナダやイタリアと同程度で、英国の230万台をわずかに下回る水準である。カリフォルニア州の決定は、この動きに追随する州を巻き込みつつ、米国における脱ガソリン車の流れを一気に加速させることになりそうだ。

また、自動車の排ガス規制においては欧州が進んでおり、欧州連合(EU)は2021年にも大幅な二酸化炭素(CO2)排出削減を求める新規制を本格導入する。英国はガソリン車やディーゼル車の新規販売を2035年に禁止すると表明したほか、フランスも2040年までに同様の規制を設ける方針である。さらに一大市場である中国においても2025年以降、新エネルギー車の販売割合を現行の5倍程度まで引き上げることが検討されている。

EVシフトへ向けた世界的な波はもう止めようのない潮流になっている。とかく規制は企業にとって成長を阻害する要因になることが多いが、テスラの場合は世界的な規制強化が追い風となっている。規制クレジットはコストがゼロであり、売上がそのまま利益となる、まさにテスラにとって「打ち出の小槌」なのである。

パーティーに参加するのは遅すぎるのか?

テスラの株価を確認してみよう。2020年初めには100ドル前後で推移していた株価は一時500ドルに達するなど、年初来で400%以上の上昇を演じている。EVブームもあり、ここまでのところ2020年を代表する銘柄と言えばテスラだろう。

好調な決算を受けて、株価ターゲットを引き上げる動きも出てきている。マーケットウォッチの記事「Tesla is a ‘must own’ stock, says Wall Street analyst who returns to bullish stance after start-of-year downgrade(年初にテスラをダウングレードしたアナリストが強気のスタンスに戻り、テスラは「保有すべき」株だとコメント)」によると、ベアードのアナリストが「パーティーに参加するには遅すぎない」として、テスラの目標株価を488ドルに引き上げた。

顧客へのメモの中で、長年強気のスタンスを取っていたのに対し、2020年1月にテスラを中立的な評価に格下げしたのは「早すぎた」と認めた上で、「既存メーカーが競争力でテスラに追いつく可能性は低い」と指摘し、「ESG(環境・社会・企業統治)や革新技術を求める投資家には必須の銘柄だ」と称賛した。

【図表1】テスラの株価(日足および週足)
現在は調整相場で次のトレンド待ち (買いトレンドシグナル=グリーン・売りトレンドシグナル=オレンジ)
出所:カスタムチャート
【図表2】自動車メーカーの時価総額推移
出所:筆者作成

コロナ禍で自動車メーカー各社の販売が振るわない中、テスラは2020年に50万台を販売する目標を掲げている。上海のギガファクトリーが順調に立ち上がり、生産能力は増強されている。また、ドイツのベルリンとテキサス州オースティン近郊にもギガファクトリーを建設中であるが、目標を達成できるかどうかは今のところ不透明だ。

現在の株価水準に懐疑的な声も根強い。日経新聞の記事「テスラ株、パーティーはいつまで続くか」によると、バークレイズのブライアン・ジョンソン氏は「欧州や中国ではライバルが多く、米国ではモデル間の自社競合が生じている」と指摘。「7~9月期業績は堅調だったが、いつ勢いを失ってもおかしくない」と警鐘を鳴らしたとのことだ。

「パーティーに参加するのかしないのか」について、筆者は単純に現在の株価は高すぎると思っている。今はパーティーに参加するタイミングではないだろう。ただし、次の成長に向けてチャレンジを続けるイーロン・マスクCEOには常に期待をしている。「不可能を可能にする男」は次にどんなことを目論んでいるのだろうか。

次なるテスラの野望は事業の垂直統合?テスラが目指す新たなエネルギー社会

フォード・モーターズの創設者であるヘンリー・フォードは、車のタイヤが不足するのを恐れて、ブラジルのゴム農園に投資を行い、数千万ドルを無駄にした。今回、テスラも同様の懸念を持たれるような投資を行う考えがあることをマスクCEOが明らかにした。ネバダ州にリチウムの精錬所を計画していると言うのだ。

英フィナンシャル・タイムズ紙の記事「Tesla’s move into mining aimed at energising battery supply chain(テスラの鉱山事業への進出は、バッテリーのサプライチェーンを活性化させることを目的としている)によると、それはテスラが先月開催した「バッテリーデー」のイベントで公表されたと言う。

「バッテリーデー」には、テスラにリチウムを提供するライベント(LTHM)とアルビマール(ALB)と言う米リチウム大手2社の幹部も招待されていた。彼らがモデル3の車内でマスクCEOの話を聞いていたところ、テスラはネバダ州に1万エーカーの土地の権利を取得し、そこでテキサス州の新工場に供給するためのリチウム製錬所を建設する予定だと発表したのである。リチウム大手2社とっては青天の霹靂だった。

マスクCEOの発言から翌日、アルベマールとライベントは株価の急落に見舞われた。テスラ自体が彼らのライバルになる可能性があるのだから仕方がない。テスラは、大衆市場においてミッドレンジのガソリン車に対抗できる2万5000ドルの電気自動車を生産するために、バッテリーのコストを半分に抑えることを目指している。今後、車の生産をさらに拡大路線に乗せられるかどうかはリチウムの供給がカギになってくる。

リチウム精製所への投資によって、テスラは基本的な原材料からバッテリーまで完全に供給を統合することができる。事業の垂直統合である。これは時代遅れのように思われる。また、ヘンリー・フォードの失敗も頭によぎる。筆者はテスラの戦略がすべてうまくいくわけではないと思う。

一方、業界関係者はこのテスラによるリチウム事業への参入は既存のプレーヤーにとって大きな脅威とは見ていないようだ。高品質のリチウム化学品を作るのは簡単ではない上に、ネバダ州で採掘を開始するには連邦政府の許可が必要であり、そのプロセスには何年もかかる可能性があると言われているからだ。

【図表3】リチウム価格の推移
出所:TRADING ECONOMICS

リチウム価格は下落が続いており、既存の生産者たちは新たな投資を手控えており、生産を拡大できない状況にある。新たな投資が不足していれば、テスラはリチウム不足に陥り、今後10年間で車の販売価格が急騰するリスクがある。つまり、今回のマスクCEOの発言は、競争上の脅威になるというよりも、寡占化状態にあるリチウム生産市場において、業界に生産を拡大するよう圧力をかける目的だったと見られている。

しかし、マスクCEOは独自の供給を求める環境上の理由を持っているのかもしれない。リチウムの精製は環境への負荷が高い産業の一つである。マスクCEOが電気自動車のサプライチェーンの端から端まで全体の環境コストに注目しているとしたら、垂直統合が一見時代遅れのように見えたとしても、テスラは再び他社に先がけた動きをすることになる。テスラが行っていることは単に自動車を製造して販売するということではなく、自動車を通じて時代が求める新たなエネルギー社会を作り出していくことである。

石原順の注目5銘柄

今回はテスラとリチウム大手2社の株価を取り上げる。また自動車大手であるゼネラルモーターズ(GM)とフォード・モーター(F)の株価も見ておこう。テスラの株価が頭打ちとなる一方、GMとフォード株は買いトレンド相場となっている。

テスラ(ティッカー:TSLA)
出所:トレードステーション
ライベント(ティッカー:LTHM)
出所:トレードステーション
アルビマール(ティッカー:ALB)
出所:トレードステーション
ゼネラルモーターズ(ティッカー:GM)
出所:トレードステーション
フォード・モーター(ティッカー:F)
出所:トレードステーション

日々の相場動向については、ブログ「石原順の日々の泡」を参照されたい。