注目が高まる米大統領選の投票日が目前に迫ってきた。しかし今回、結果が出るまでには時間がかかるだろう。新型コロナウイルスの感染拡大により、郵便投票の数が膨大となり、集計に時間がかかるうえ、集計を巡り2000年の米大統領選のように、司法を巻き込んだ争いになる可能性が高まっているからだ。そのような混乱は米国株にどのような影響を与えるだろうか。現状や2000年の状況を交えて考察していきたい。
コロナ禍における米国の郵便投票
まず今回の郵便投票が、これまでの選挙よりどれぐらい増え、集計にどれほどの時間がかかるのか見ていきたい。米国の郵便投票制度は、名目的には不在者投票という位置づけで、投票日当日に投票できない有権者が事前に郵送で投票するという仕組みだ。
制度は州により異なり、大まかには以下の4つに分類される。すなわち(1)自動的に郵便投票用紙を登録有権者に送付、(2)自動的に郵便投票の申込用紙を登録有権者に送付、(3)有権者が申請し、理由なしで郵便投票が可能、(4)有権者が申請し、一定の理由があれば郵便投票が可能、の4分類だ。
通常であれば郵便投票の申請には一定の理由を必要とする州が多く、2016年の郵便投票数は約3,300万票(約24%)だった。しかし、今回は新型コロナウイルスの感染拡大を受けて理由が不要となったり、感染防止が理由として認められたりなど、これまでに24州で制度が緩和され、郵便投票のハードルが下がった。感染防止を理由として認める州は(3)に分類されると考えると、各制度と有権者数は以下の図表1のようになる。
制度緩和の結果、有権者の85%が特に理由がなくても郵便投票を行うことが可能となり、10月中旬時点で判明しているだけでも、すでに1,720万票が郵送されている。データ入手可能な一部地域での統計によると、先に行われた予備選挙で、投票数の約50%が郵便投票で行われていた。伝統的に郵便投票が多い地域などを含めると、郵便投票の割合はさらに多かったとみられる。
世論調査でも、「全ての有権者が郵便投票を行うことができるようになるべき」と回答する割合は75%と高い。依然として米国での新型コロナウイルスの感染拡大の収束目途がたっていないことから、郵便投票の数や割合は、少なくとも前回の米大統領選の2倍以上に膨らむと考えられる。
郵便投票の開票が遅れる要因は、投票数の増加だけではない。いつまでに郵送された投票用紙を有効とみなすか、また郵送された投票の署名などのチェック作業や、開票作業がいつ開始できるかも地域によって規定が異なっている。この点、州によっては投票日から1~2週間後に届いた投票用紙も有効とみなす州もある。つまり、郵便投票の制度自体が、集計が遅れるようになっているのである。
以下図表2の通り、米大統領選の結果を大きく左右する接戦州のうち、オハイオ州は投票日前日の11月2日までの消印が必要であるものの、投票用紙は11月13日着分まで受け付ける(※1) 。また署名のチェックなどの事前作業は、一部で到着後にすぐ行う州もあるが、ペンシルバニア州やウィスコンシン州は投票日まで行わない。そして多くの州で、集計作業は11月3日の通常投票の締切前後になってようやく開始されるスケジュールとなっている。
新型コロナウイルスによる郵便投票の急増が予想されることを受け、開票作業スケジュールなどを早めた地域もあるものの、多くの議会で過半数を占める共和党議員からの反対や告訴により、十分にスケジュールの前倒しが出来ていない地域が多い。選挙を巡る訴訟はすでに300件受理されており、多くは郵便投票に関わる訴えとなっている。このような郵便投票にまつわる不確実性は、集計に時間がかかるだけではなく、集計後にその正確性を巡って係争となる可能性を大いに高めている。
選挙結果の判明が遅れると株価はどうなる?
それでは、選挙結果の判明が遅れた場合、米国株はどのような影響を受けるだろうか。郵便投票を巡る係争ではなかったものの、投票の有効性や再集計を巡って選挙結果の判明が1ヶ月以上遅れた、2000年の選挙が参考になるだろう。
当時、共和党候補ジョージ・W・ブッシュ氏と民主党候補アル・ゴア氏の戦いは、フロリダ州で大接戦となり、投票日の11月7日中には結果が判明しなかった。同州の結果は、再集計要請が認められる範囲の僅差であった。そのため、再度、機械による集計が行われることとなったが、再集計期限や人手による再集計可否などを巡り、州政府や州議会、州裁判所や最高裁判所が入り混じる展開となった。
最終的には、連邦最高裁が1887年の選挙集計法で定められた、選挙人選出の期日(※2) なども援用し、12月12日に再集計停止を言い渡し、暫定結果として得票数の上回っていたブッシュ候補の勝利が決まった。
この期間におけるS&P500指数の動きは以下図表3の通りである。11月7日投票日直後から3日続落し、その後やや値は戻すも、係争が連邦最高裁に移ってきた11月末頃には、投票日から約9%低い水準まで下落している。12月に入り株価が反転した後、最高裁判断を迎えた。その間(11月7日~12月12日)の騰落率は-4.2%となっている。
2000年は3月にITバブルがはじけ、その煽りを受けて11月の選挙直後にもIT関連企業が倒産するなど、投票日後の株価推移が決して選挙を巡る混乱の影響とは言い切れない。ただし11月に入り不確実性指数が急上昇し、投資家心理を冷やしたことは否定できないだろう。
今回の選挙でも結果判明が遅れれば、同様に不確実性が増すことが予想される。ただ2000年の選挙と違って今回の場合、郵便投票による混乱の他にも、トランプ米大統領が敗北しても平和な政権交代には協力しない可能性を示唆するなど、既にある程度の混乱が事前に予想されている。また、最高裁などを巻き込んだ係争となっても、2000年のように選挙集計法で示されている期日(今回は12月7日)までに混乱が収まるとの見立ても可能だ。
一方、今回は2000年の時にはなかった新型コロナウイルスの流行という要素が大きくのしかかるだろう。すでに米国では、経済対策の息切れにより企業の従業員解雇が再び増え始めると予想されている。そのうえ新型コロナウイルスの感染も再拡大しており、経済活動が再び制限される地域も出始めている。
このような状況の中、選挙による混乱で与野党対立が深刻化すれば、「選挙が終われば合意される」とみられている追加経済対策の協議が、さらに漂流する懸念が高まる。それは一時的なものかもしれないが、投資家心理を急速に冷やす材料となるだろう。
コロナ禍での米大統領選、大量の郵便投票、平和裏な政権交代には協力しない可能性を示唆する現大統領など、いずれも前代未聞の出来事であることを考えれば、不確実性による下押し圧力のほうが大きいと考えざるをえないであろう。
(※1)大勢が判明した時点で州当局が勝者を確定するため、必ずしも11月13日までに勝者が判明しないというわけではない。
(※2)12月の第2月曜日の次の水曜日に行われることとなっている選挙人による投票日の6日前。当時は12月12日。
コラム執筆:阿部 賢介/丸紅株式会社 丸紅経済研究所