近年、欧米を中心にポピュリズムの広がりがみられる。Brexit(英国のEU離脱)やトランプ氏の米大統領就任はその代表例であろう。欧州において、ポピュリズム政党が政権に加わり続けるなど、ポピュリズムは世界的にも広がりを見せている。

こうした事象の背後には様々な要因が複雑に絡み合っており、全体を理解するのは容易なことではない。そこで本稿では、「国際政治経済のトリレンマ」というシンプルなフレームワークを用い、近年の国際情勢の根底に流れる大きな潮流に対する理解を深めたい。

国際政治経済のトリレンマ

「トリレンマ」というと、「為替の安定性」、「資本の自由な移動」、「金融政策の独立性」の3つの目標のうち、2つは同時に達成することができるが、3つ全てを同時に満たすことはできないという「国際金融のトリレンマ」を想像される方も多いかもしれない。元ハーバード大学ケネディ・スクール教授のダニ・ロドリック氏は、この考えを政治経済に活用し、「国家主権」、「民主主義」、「グローバリゼ-ション」のうち、2つは同時に達成することができるが、3つ全てを同時に満たすことはできないという「国際政治経済のトリレンマ」を提唱した。

【図表1】国際金融のトリレンマ
出所:丸紅経済研究所作成
【図表2】国際政治経済のトリレンマ
出所:丸紅経済研究所作成

グローバル化と国家主権の抑制の流れから生じた課題

これらのトリレンマを踏まえつつ歴史を振り返ってみると、第2次世界大戦後から1973年まで続いたブレトン・ウッズ体制は、国家間の資本移動に制限をかけて固定相場制と金融政策の独立性を維持するものであり、それはすなわち、グローバル化を抑制し、国家主権と民主主義を重視するものであったと言える。

しかし、その後、グローバル化が大きく進展。国家主権か民主主義を抑制せざるを得ない時代に突入する。理論的にはどちらも抑制することはありうるが(※1) 、実際に進んだのは国家主権の抑制だったように思われる。米国のレーガン政権、英国のサッチャー政権は、いずれも小さな政府を掲げ、また、日本でも中曽根政権下で国鉄や電電公社、専売公社の民営化が進められた。冷戦終結後は、社会主義国の市場経済の参入や、ワシントン・コンセンサスの下での市場自由化・小さな政府化の進展により、グローバル化、そして、国家主権の抑制が一層進んだ。

他方でこのようにグローバル化が進み、国家主権が抑制された体制からは課題や懸念も見えてきた。1つは各国の国内における格差の拡大である。格差拡大の背景にはグローバル化のみならず技術進歩・デジタル化の進展による中間層から低所得層への転落なども大きな要因と考えられるが、いずれにせよ各国政府は格差拡大に対して所得再分配を十分に行うことができず、国民の不安と不満を招いてしまった。

もう1つは中国を中心とする新興国の躍進である。特に、中国経済の飛躍的な成長と通信やセキュリティ等の技術の急成長・世界における市場シェアの拡大は、米国をはじめとする先進国に安全保障の懸念を抱かせるに至った。

新型コロナウイルスのインパクトと米大統領選

このように、グローバリゼーションと国家主権と民主主義がせめぎあい、各国が次なる体制を模索している最中に新型コロナウイルスの世界的感染拡大が発生した。コロナ禍では多くの国で大規模な財政出動が行われ、国民に対する現金給付などある意味ベーシックインカムにも似た政策も導入された。また、中国への過度なサプライチェーンの依存から脱却すべく、海外拠点の国内回帰を進める政策も導入された。

現金給付などが一時的措置であるにしても、パンデミック以前からの潮流を踏まえると、コロナ禍で一気に進んだ反グローバル化と政府の役割拡大の流れは今後もある程度継続する可能性があり、また、仮に長期間継続した場合には産業構造に与える影響も大きなものとなりうるため、情勢をよく観察していくことが重要である。

今後を占う上で当面注目されるのは米国の大統領選挙であろう。例えば、現在、世論調査でトランプ米大統領をリードしているバイデン氏は、企業・富裕層に対する増税と政府支出の拡大を重視している。バイデン氏が米大統領選に勝利した場合に政府の役割拡大が進むのか、またそれは他の国でも同様の動きが見られるようになるのか、注目していきたい。

 

(※1)本文では触れていないが、国家主権とグローバリゼーションを同時に追求することもできる。その場合には、官僚が他国と決めた国際的なルールなどに合わせて国内ルールを決めることになるため、必ずしも民主主義的とは言えない状況になりうる。これを、米国の国際的なジャーナリストであるトーマス・フリードマンは「Golden Straitjacket(金の囚人服)」と呼び、「経済が強くなり、(民主)政治がなくなる状態」であると評した。

 

コラム執筆:山家 洋志/丸紅株式会社 丸紅経済研究所