今回は引き続き公的年金のタテ(年金財政や世代間バランス)の問題について、2021年度から実施される見直しも含めて紹介します。前回もお伝えしたとおり、今後の年金額は毎年度の見直し(改定)を通じて実質的に目減りしていきます。具体的にどういうことか解説します。

実質的な価値を維持する仕組み:2021年度から現役世代と年金受給世代が痛みを分かち合う形へ

年金額の毎年度の見直し(改定)は、年金額の実質的な価値を維持するための基本的な改定と、2004年の改正で導入された年金財政を健全化するための調整(マクロ経済スライド)とを、組み合わせたものになっています。

年金額の実質的な価値を維持するための基本的な改定は、賃金や物価の変化に合わせて行われます。原則として、新しく受け取り始める年金額は賃金の変化に連動して、受け取り始めた後の年金額は物価の変化に連動して、改定されます。

2000年の改正以前は、新しく受け取り始める年金額も受け取り始めた後の年金額も、5年ごとに賃金の変化に連動して改定されていました。毎年の年金額は物価に連動させ、5年目に過去5年分の賃金の変動に合わせる方式でした。年金受給者の生活水準を、現役世代の生活水準の変化、すなわち賃金の変化に合わせるためです。

また、年金財政の主な収入は保険料で、これは賃金に連動して変化します。このため、年金財政の支出である給付費を賃金に連動させれば、年金財政のバランスは維持されます。しかし、この話は現役世代と引退世代のバランスが変わらない場合にしか成り立ちません。少子化や長寿化が進む日本では、年金財政のバランスが悪化します。そこで2000年の改正で、受け取り始めた後の年金額は毎年の物価の変化に連動して改定されることになりました。当時は賃金の伸びより物価の伸びが低かったので、この見直しで給付費の伸びを抑えられると考えられました。

2004年の改正では、賃金に合わせた新規受給額の改定が毎年になるとともに、賃金の伸びが物価の伸びよりも低い場合について特例が作られました(図表1の(4)~(6)。特例のうち賃金上昇率がマイナスのケース((4)と(5))では、物価に連動させるなどして、年金以外に収入源がない受給者の生活への影響を和らげる仕組みが設けられました。

【図表1】年金額の実質的な価値を維持するための改定率
出所:筆者作成
注1:図中の青い点は2005~2020年度の実績。 注2:厳密には、賃金上昇率は国民年金法等で定める名目手取り賃金変動率で、物価上昇率は前年(暦年)の消費者物価上昇率。賃金上昇率には2~4年度前の値を使うため、新規受給者の改定率は67歳になる年度まで適用される。

ただ、このケースでは年金財政に悪影響が生じます。年金額の改定率が、保険料収入を左右する賃金上昇率よりも高くなるためです。年金財政が悪化すると、年金財政を健全化するための給付調整をより長く続ける必要が出てきます。その結果、将来の受給者が受け取る年金の水準が、より低くなってしまいます。(4)と(5)のケースがたまにしか起きなければ大きな問題はありませんが、法改正後の12回の改定のうち7回がこのケースに該当しました。そこで、特例の見直しが提案され、2016年に成立しました。2016年の秋に野党から「年金カット法案」と批判されていたのは、この見直しのことです。成立したのは2016年ですが、実施は2021年度からの予定です。

見直し後は、(4)と(5)のケースでも、(6)と同じように、新しく受け取り始める年金額も受け取り始めた後の年金額も、賃金の変化に連動して改定されます。これは、2000年改正以前と同様のルールに戻した形です。この結果、年金財政への影響が中立的になり、将来への悪影響がなくなります。

また、今回の改正は、年金受給者が現役世代の痛みを分かち合う形への変更とも言えます。(4)~(6)のケースは、物価上昇率が賃金上昇率を上回っているので、現役世代の賃金の価値が目減りしている状況です。他方で、改正前の(4)と(6)のケースでは年金額の改定率が賃金上昇率よりも高く、年金受給者は現役世代よりも痛みが軽い状況にあったと言えます。改正後は、年金額の改定率が賃金上昇率と同じになるため、年金受給者も現役世代と同じ痛みを分かち合うことになります。

少子化や長寿化に対応する仕組み:2018年度から将来世代へのツケを減らす形へ

次に、現在の年金額の改定のもう1つの要素である、2004年の改正で導入された年金財政を健全化するための調整(マクロ経済スライド)を紹介します。

前回お伝えしたように、現在の公的年金制度では保険料の引き上げを終了し、その代わりに給付(年金)の水準を調整することで、年金財政を健全化する仕組みになっています。この給付を調整する仕組みが、マクロ経済スライドと呼ばれます。原則として、保険料を支払う加入者の減少率と受給者世代の余命の延び率とを合計した調整率が、前述した年金額の実質的な価値を維持するための基本的な改定率から差し引かれます。つまり、調整率の分だけ、年金額の実質的な価値が目減りします。この仕組みは、年金財政が健全化するまで続きます。

ただし、この仕組みには2つの特例が設けられています。その1つは、実質的な価値を維持するための基本的な改定率が小幅で、原則どおりに調整すると調整後の改定率がマイナスになる場合です(図表2の特例a)。この場合は、調整後の年金額が前年度を下回らないように、調整率の一部だけが適用されます。もう1つは、実質的な価値を維持するための基本的な改定率がマイナスの場合です(図表2の特例b)。この場合は、調整前の改定だけでも年金額が前年度を下回るので、調整率が全く適用されません。

【図表2】少子化や長寿化に対応するための調整(マクロ経済スライド)
出所:筆者作成

これらの特例は、当面の受給者にはメリットがありますが、少子化や長寿化に対応するための調整が完全には適用されないため、年金財政の健全化が遅れます。健全化が遅れると、給付の調整をより長く続ける必要が出てくるため、将来の受給者の年金の水準がより低くなってしまいます。つまり、ツケを先送りすることになります。そこで、2016年に成立した改正で、特例に該当したときに適用できなかった調整分を繰り越して、調整前の改定率が高いときにまとめて適用(精算)することになりました(図表2の繰越適用(原則))。繰り越しは2018年度から、繰り越しの精算は2019年度から行われています。

これにより、改正前と比べて年金財政の健全化が進みやすくなりました。しかし、繰り越した分だけ年金財政の健全化が遅れ、特例がない状態と比べれば健全化は遅くなるため、経済界などからは特例の廃止が提案されています。

近年の年金額見直し(改定)の状況:名目の年金額が上がっても、実質的な目減りに注意

上記の2つの仕組みがどのように機能してきたかを、近年の状況で確認しましょう。

まず、年金額の実質的な価値を維持するための基本的な改定率は、2017年度は図表1および図表3の(4)に該当したため、新規受給者も受給中の場合も物価上昇率(-0.1%)になりました(図表3の上段)。2018年度は(5)に該当したためゼロ、2019年度と2020年度は(6)に該当したため賃金上昇率になりました。

次に、少子化や長寿化に対応するための調整(マクロ経済スライド)は、2017年度と2018年度は特例に該当したため、調整が実施されませんでした(図表3の下段)。ただし、2018年度には前述した2016年の改正が適用されたため、未調整の-0.3%は翌年度に繰り越されました。2019年度は、年金額の実質的な価値を維持するための基本的な改定率が+0.6%だったため、ここから当年度分の調整率(-0.2%)と前年度から繰り越した未調整分(-0.3%)が差し引かれ、調整後の改定率は+0.1%になりました。2020年度は、基本的な改定率(+0.3%)から当年度分の調整率(-0.1%)が差し引かれ、調整後の改定率は+0.2%になりました。

2017年度は、表面上(名目)の年金額は前年度より下がりますが、少子化や長寿化に対応するための調整は適用されていませんので、基本的なルール通りに年金の実質的な価値は維持されています。一方で2019年度と2020年度は、表面上(名目)の年金額は前年度より上がりますが、調整が適用されているので年金の実質的な価値は目減りしています。経済学と心理学を融合した行動経済学によると、人間は名目額の変化に気をとられて実質的な目減りに気付きにくいと言われているため、注意が必要です。

【図表3】近年の年金額見直し(改定)の状況
出所:筆者作成

次回は、2019年に公表された将来見通しを紹介します