中国の戸籍制度は、日本とはかなり異なる、独特のものになっています。
国民すべてが居住地(≒出生地)の戸籍を有し、戸籍を有する市、県などでのみ、社会保険や教育など公的福祉を受けることができます。
また、農村戸籍と都市戸籍という区分があり、土地所有制度との関係で、農地は農村戸籍を有する農民が共同で所有する一方、都市部の土地は国有で、住宅などの所有者は土地の使用権のみを有する制度になっています。
日本では、憲法第22条第1項により、居住と移転の自由が認められていますが、中国ではそのような訳にはいきません。身体を拘束されるというようなことではなく、他の土地に移ることそのものは可能ですが、戸籍の無い土地で生活することには、様々な不便あるいは不利益が伴います。

北京では市の戸籍を持たない人も多く働いているのですが、一般企業の従業員は、各人の戸籍とは別に、北京で就業するための「集団戸籍」という一種の居住許可を取得し、仕事をしています。

都市部では、農村からの出稼ぎ労働者「農民工」が工場や建設現場などで多数働いており、中国の発展に貢献しているのですが、彼らは都市の戸籍を持たず、子女を学校に通わせることができませんので、子を残して親だけが出稼ぎのため都市部に出ることが普通です。
農村部に残された児童は「留守児童」と呼ばれ、多くは祖父母などの保護者と生活しているものの、子供だけの家庭も少なくなく、生活に困難をきたしています。農村部の所得水準が低いことが原因ですが、中国社会の負の一面と言うことができます。

北京市は、特に交通渋滞と大気汚染が深刻と言うことで、人口の増加をもたらす戸籍の付与には極めて慎重な姿勢を取っていましたが、戸籍の交付を求める声が強く、また優秀な人材を獲得できないことで、他の都市に劣後することは避けたいとの判断から、このほどポイント制による戸籍申請制度を導入しました。
イメージとしては、日本の都市部の自治体が導入している、認可保育園の入園の申請と許可の仕組みに近いものです。
対象者は北京市の戸籍を持たず、市内で安定的に就労している者で、詳細なポイント、認定基準は9月に確定し公表するそうです。

現段階では、申請の要件として、以下の4つが定められています。
(1) 北京市の臨時滞在許可を有していること
(2) 定年退職年齢(男性60歳、女性55歳)に達していないこと
(3) 社会保険料を過去7年間納付していること
(4) 犯罪歴が無いこと

これらに加え、申請者の年齢、学歴、生活水準等がポイント化され、一定以上の者に市の戸籍が付与されます。現時点では未確定の点も多いのですが、制度が透明化され、基準が明確化されることで、申請者が戸籍を得られるか否かの確度を判断できるようになりますので、人々の生活設計の上でも意味のある変更と言えます。
今後、詳細な内容が公表され、円滑に施行されるよう、望みたいと思います。

国民の自由な移動を制限する戸籍制度、土地の所有制度、さらには計画出産制度(以前は一人っ子政策、現在は二人っ子政策)など、中国の制度には資本主義国家の目線では理解し難いものが数多くあります。
社会主義の制度の下に市場経済を導入したことで、矛盾も様々生じています。
全てが国家の目的の達成のためにあり、国民も国家の目的の達成のために存在するのだということが理解できます。
一方で、人口世界一の多民族国家を一つにまとめて行くためには、様々な私権の制限を伴うこのような制度が必然のようにも思えます。
西側の常識にとらわれることなく、中立な目で見ることの必要性も感じさせられます。

戸籍制度の問題は、中国社会の特徴や問題点が凝縮された、一種の象徴のように思えます。
=====================================

コラム執筆:長野雅彦 マネックス証券株式会社 北京駐在員事務所長

マネックス証券入社後、引受審査、コンプライアンスなどを担当。2012年9月より北京駐在員事務所勤務。日本証券アナリスト協会検定会員 米国CFA協会認定証券アナリスト