米国第45代大統領にドナルド・トランプ氏が就任する運びとなりました。選挙前の段階では、同氏が勝利すれば世界の株価は急落し、ドルは徹底的に売り叩かれると見る向きも少なくはありませんでしたが、蓋を開けてみれば結果は今のところ真逆です。米大統領選の投開票から1週間、NYダウ平均は史上最高値を更新する展開となり、ドルは円やユーロに対して大きく買い上げられることとなりました。

トランプ氏は選挙戦のなかで「来年1月の就任後直ちに大規模な経済改革を実施する」と豪語してきました。改革の目玉の一つは、俗に"トランプ税制"などと呼ばれる企業税制改革で、これは連邦法人税率を大幅に引き下げる案を柱としています。この改革には、企業投資を活発化させると同時に、これまで高い税率を嫌気して米大手企業が国外に避難させてきた膨大な資金を米国に還流させる狙いもある模様です。海外資金を米国に戻す際の税率も一段と引き下げる方針としており、そうなれば急激にドル買い需要が高まって、市場ではドル買いが進みやすくなる可能性が高いと見られます。

また、トランプ氏は中国やメキシコなどに対して高い輸入関税を課す考えも明らかにしています。どれだけ強硬に進められるか定かではありませんが、一定の関税引き上げ措置を講じるのであれば、相応のドル高によって米国内が急激なインフレに見舞われることを回避する必要性も高まるでしょう。もともと、トランプ氏はドル安を志向しているようですが、果たしてそう上手くいくものでしょうか。

トランプ氏は今後10年間の経済成長率を平均3.5%に高め、最終的には4%に引き上げると公約しています。そのために相当大胆な財政拡張策を推し進めるとしており、それだけでも米金利には上昇圧力がかかりやすくなります。まして、本当に成長率が現在の2倍程度の水準にまで引き上がれば、それだけインフレ率も高まり、いやがおうにもFRBは政策金利引き上げの頻度を高めざるを得なくなるでしょう。それでも強引にドル安政策を敷くことなど、現実的に可能なのでしょうか。

目下の市場は、大型減税や大規模なインフラ投資などを伴う「トランプノミクス」への期待に沸いています。米国は、リーマン・ショック後に金融(緩和)政策によって成長の土台を再構築することに成功し、その間に財政赤字が大幅に縮小した(8月10日の本欄参照)ことで、今後は財政政策によって成長を加速させるというのです。実に理に適っています。まして、トランプ政権発足後の米議会は共和党が上下院ともに過半数を維持するわけですから、財政政策を推し進めるのにこれほど好都合なことはありません。

こうしたトランプノミクスを「アベノミクスに似ている」と評する声が一部にあるようですが、実のところ両者は似て非なるものです。アベノミクスは異次元の量的金融緩和によって円高是正・デフレ克服を目指しましたが、トランプノミクスは財政拡張路線の下でインフレ率や物価の上昇を横にらみしながら、金融を引き締めて行く必要に迫られる可能性が高いのです。よって、普通に考えれば"トランプ相場"は自ずとドル高になびくことになるものと思われます。

保護主義的な政策を極力貫こうとし、さらに「偉大な米国を復活させ、最強の経済をつくる」と豪語している以上、それが上手く行けばドル高傾向は強まるものと見られます。仮にドル安・円高傾向に傾くとすれば、それは「トランプノミクスは成功しない」と市場が見透かすか、実際に成功しなかった場合ということになるのではないでしょうか。

コラム執筆:田嶋 智太郎
経済アナリスト・株式会社アルフィナンツ 代表取締役