英国で行われた6月23日の国民投票で欧州連合(EU)からの離脱派が勝利した。直前に発表された英紙イブニング・スタンダードによる世論調査で残留支持が離脱支持を上回っていたこと、政府公認の賭け屋であるブックメーカー最大手ウィリアム・ヒルでも残留が大勢を占めていたことから世界に衝撃が走った。あれから約3ヶ月が経ったが、表層的な報道が多いため、改めて騒動を振り返ってみたい。
6月23日の国民投票の結果を受けて世界中の株価が大幅に下落し、マスコミは「欧州の夢である政治統合が分岐点を迎えた」と報じた。株価の暴落は、多くの人々が株式市場に参加せずに流動性が低下した中で、英国がEUに残留すると信じてポジションを持っていた人達が狼狽売りをしたことが原因だ。
それでは、そもそも英国がEUに残留すると考えていた人達の根拠は何だったのか?EU残留を信じていた人々は、残留支持が優勢になったり、離脱支持が優勢になったりする世論調査に一喜一憂しながら、「キャメロン首相の主張する、経済的メリットが大きい残留を最終的には選択するだろう」と単純に思い込んでいたというのが実情である。
しかし、首相の主張や世論調査だけで国民投票の結果を推測しようと考えているようでは、現実をわかっていない。ある国の行く末を知りたい時は、奇異に感じられるかもしれないが、その国の家族制度に着目すべきなのだ。なぜなら、人は育った家庭環境の影響を受けて価値観を形成し、民主主義社会ではその個人の価値観が国の意思決定に反映されるからである。
世界の家族制度を下図のようにⅠからⅣに分類してみよう。縦軸が、親が子に対して権威的か自由か、横軸は、兄弟関係が平等か不平等かという基準である。
ケンブリッジ大学で学んだフランスの人類学者トッド氏によると、英国はⅣに分類される。親子関係は対等に近く自由で、子ども間の平等は重んじられない。同じアングロ・サクソンの米国もⅣに分類される。
確かに、米国社会では自由が大切にされ、本人の能力と努力によって得られた富と名声がアメリカン・ドリームとして称えられる。また、事業家や労働者の賃金が同じであるべきといった平等の考えはなく、成功者が巨万の富を得る。つまり、自由を尊重し不平等を許容するというⅣの価値観が社会の根底にある。
ひるがえってドイツをはじめとする大陸欧州をみてみると、Ⅱに分類される地域が多いと言われている。親は子どもに対して権威的で、跡取りが財産を相続する。そして残りの子どもは家を出る。
英国が国民投票を実施した背景には、EUに対する不満があったと指摘されている。具体的には、「EUの規制は不必要なものが多く、加盟国の主権を制限する」、「EUの官僚組織は非効率で、英国に課された分担金は高すぎる」というものである。
この主張を上の表にあてはめてみると、大陸欧州の権威主義と英国の自由主義の相克が今回の騒動の本質だということが一目でわかる。つまり、離婚する夫婦のように、価値観の不一致が明白なのである。17世紀に英国のピューリタンが自由を求めて新大陸へと船出したように、今回も英国は権威主義からの旅立ちを選択したと言える。
投資を行う際に世論調査やニュースを重視することはもちろん大事だが、それだけでは心もとない。では何に着目すれば良いのだろうか?言うまでも無く、民主主義社会では社会を構成する個人の価値観が国の意思決定に影響を及ぼすのだから、その国の家族制度に立ち返って考えてみることも、時には重要なのである。
コラム執筆:重吉 玄徳/丸紅株式会社 丸紅経済研究所
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