安倍首相は、1月22日に衆議院本会議で行った施政方針演説において、「これまで力強く成長を牽引してきた新興国経済に、弱さが見られます」と指摘したうえで、低い生産コストを求めて新興国へ投資することの限界を認め、イノベーションによる「新しい成長軌道」創出の重要性を訴えました。安倍政権が2013年6月に発表した「日本再興戦略」では、「新興国を中心に世界のマーケットは急速な勢いで拡大を続けており、このマーケットの獲得競争に打ち勝っていけるかどうかは、資源の乏しい日本にとって死活問題である」と、新興国の成長の取り込みを「死活問題」と表現していたことから考えると、新興国の評価が急速に後退している感が否めません。
実際に、新興国の成長率は、当初の期待からすれば、悲惨といってもよい状況が続いています。IMFが4半期毎に発表する実質GDP成長率の予測について、直近年(予測発表年が2016年であれば、2016年の成長率予測)の予測の修正幅をプロットしてみると、2012年以降、新興国は実に17回中14回も下方修正されています(先進国は9回)。
世界銀行が昨年12月に発表したレポートでは、新興国のこうした減速傾向について、新興国の外部からもたらされる要因として、①グローバル貿易の弱さ、②コモディティ価格の低迷、③金融環境のタイト化(資金流出)を、新興国の内部要因として、④生産性の低下、⑤政策の不確実性の上昇、⑥政策バッファーの縮小を挙げています。筆者は、この中でもより根源的な問題であり、他の要因にも大きな影響を与えているのは、④生産性の低下にあると考えています。外資導入によるキャッチアップ型の経済成長は、経済の一定程度の成熟に伴い、やがて成長の壁に直面します。「中所得国の罠」としても知られる状況です。この段階を抜け出し、高い成長率を維持するためには、外資依存ではなく、自ら高付加価値化を進め、自律的な成長メカニズムを創出する必要があるでしょう。IMFや世界銀行も、新興国の減速への処方箋として、(上記成長メカニズムを生み出すための)「構造改革」を提示するのが半ば定番化しつつあります。
一方で、新興国よりも高度なガバナンスが実現している先進国においてすら、短期間に目覚しい構造改革が進むことはまれといえます。ましてや、多くの新興国が、中所得国の罠を脱し、再び高い成長軌道に乗るための施政力を保持しているとは思えません。中所得国の罠を脱することが不可能であれば、キャッチアップ型の成長は、経済が成熟するにつれて頭打ちになっていきます。この点で、筆者は、新興国の高成長時代は終焉したのではないかと考えています。
2015年の先進国の成長率1.9%に対して、新興国では、アジア新興国(6.6%)を除けば、どの地域も3.5%以下にすぎず、先進国との成長率の差は大きく縮小しています。また、世界のGDPの構成比(IMF、PPPベース)でみると、先進国が4割強、新興国が6割弱となっていますが、先進国が37か国に対して、新興国は152か国もあります。すなわち、1国当たりでみれば、まだまだ新興国は小規模な経済が多いということです。規模が小さく、成長率も先進国と大差ないとなれば、個々の新興国の魅力は色あせてしまいます。だからこそ、ASEANのAECのような地域統合の動きや、TPPのような経済連携が重要性を増しているともいえますが、新興国への全体的な期待値の低下は否定し難く、それが冒頭の安倍首相の発言にも現れているものと思料されます。企業や投資家は、新興国の高成長時代の終焉を認識し、そして相対的な先進国の成長性を再評価した上で、グローバルな投資ポートフォリオを改めて見直す必要があるのはないでしょうか。
コラム執筆:安藤 裕康/丸紅株式会社 丸紅経済研究所
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