1.「人口増加率=胃袋増加率」は減速傾向

出張等で空き時間がある時など、よく本屋さんに立ち寄ります。仕事柄どうしても経済書の棚に目がいきがちなのですが、そこでよく目にするのが「人口爆発」「食料危機」といった不安を煽る言葉の数々です。また日本の食料自給率の低さに警告を発する本もたくさんあります。一方、貿易交渉の場に目を移すと、乱暴な言い方ですが、各国は「いかに自国農業を輸入農産物から守るか」に終始しています。一体、食料は足りないのか、余っているのか、分からなくなってしまいます。

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議論を整理すべく、まずは世界経済成長率の動向と構造を見てみましょう。経済成長率は人口増加率による部分と、労働生産性(1人当たりの仕事量。仕事に対しては賃金が支払われるので、1人当たりの所得と考えても構いません。)伸び率による部分に大きく二分することができます。例えば、世界を1つのパン工場と考えれば、パンの生産量を増やすには従業員を増やすか、1人当たりのパン生産量を増やすか、の2通りしか方法はありません。世界経済成長率も同じことです。このような考えに基づき世界経済成長率を分析したものが図表1です。これを見ると、長期的傾向として、人口増加率が徐々に低下していることが分かります。「人口爆発」という言葉はどうやら若干オーバーな表現かも知れません。「増加率が低下しているとはいえ、人口増加は続いているではないか。やはり食料は不足するのだ。」という指摘もあるでしょう。しかしこのような意見が見落としているのは、人間は食べるだけでなく、生産もするという事実です。どうやら世界全体で見ると、「人口増加率=胃袋増加率」は減速傾向にあるようです。
余談ですが、戦時中の日本では食料配給制度がうまく機能した結果、社会的地位によらず、全ての人が飢えを経験しました。従って日本人は社会的地位によらず、広く食料危機の懸念を共有しています。海外に行く際、大学のカフェテリアなどで食事をすると、つけ合わせのポテトなどが残飯として盛大に廃棄される場面に出くわします。経済危機に瀕していた1990年代前半のロシアでもそうでした。個人的には日本人の「飢え」に対する敏感さは賞賛されるべきと考えますが、これが時折冷静な議論の妨げになる点には注意が必要です。

2. 豊かになると、主食が減り、副食が増える
もう1度図表1をみてみましょう。それでは近年の経済成長は何によってもたらされているのでしょうか?それは労働生産性伸び率です。そして1人当たりの仕事量である労働生産性が伸びるということは、1人当たり所得も増加していることを意味します。つまり世界平均で見れば、1人当たり所得は従来よりも速いペースで増えているのです。
このように人々が豊かになる時代、食生活はどのように変化していくのでしょうか。経験的に知られているのが、「主食が減り、副食が増える」という法則です。いくつか例を挙げてみましょう。美食の極みとして知られるフランス料理ですが、主食であるパンはもはや「添え物」的な扱いとなっています。また戦後高度成長を経験した日本の場合、約40年前には1日1人当たりお茶碗5杯のコメを食べていました。しかし現在はこれが3杯まで減少しています。

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このような経験則に当てはめれば、これからは「副食(おかず)の時代」と言えるでしょう。実際、図表2を見ると、一般に主食とされる小麦やコメの生産増加率が減速する一方、家畜の飼料として副食の原料となるコーンや大豆の生産増加率は加速傾向にあります。今後は主要農産物におけるコーンや大豆の重要性が相対的に高まっていくことが予想されます。コーン・大豆とも米国が圧倒的な生産力を誇っており、その地位は当分揺るがないでしょう。しかし米国以外の生産国として近年、コーンについては東欧・南米、大豆については南米の生産力が急拡大しており、穀物商社はいかにそれらの地域で穀物を確保するかに注力しています。

3. 増え続ける食肉貿易

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副食の中心はやはり肉でしょう。そしてわざわざコーンや大豆を輸入せず、直接食肉を輸入する動きも拡大しています。図表3は世界の食肉生産量に占める食肉貿易量の割合を示したものですが、過去半世紀に亘ってほぼ一本調子で増加しています。特に冷戦が終結した90年代以降、食肉貿易は急拡大しています。
現在、成長著しいアジア各国では食肉生産が急ピッチで増加しています。しかしグローバリズムがこれからも進展することを考えれば、コーン・大豆といった畜産飼料が豊富な北米・南米が世界の食肉生産基地になることが最も合理的な姿かと思われます。従って、超長期的には、北米・南米の食肉生産や、その生産物を輸送する冷凍輸送といった分野が有望産業として注目を浴びるかもしれません。

コラム執筆:シニア・アナリスト 榎本 裕洋/丸紅株式会社 丸紅経済研究所
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