米国では2008年の金融危機の発生以降、金融機関に対する批判の高まりもあり、金融危機の再発防止に向けた銀行規制の在り方が議論されてきた。2010年7月にはドッド=フランク法が成立し、金融機関への監督強化や活動範囲の制限が打ち出されたものの、銀行による自己勘定取引を禁止するボルカー・ルールは未だに適用されていない等、規制改革を巡る攻防は続いている。

こうした流れの中、銀行による商品取引の是非も議論の対象となっている。銀行は資源の生産者や需要家に対し、様々な金融サービスを提供する一方、自らも発電所、石油のタンカーやパイプライン、金属の保管倉庫といった現物資産を保有している。米国では銀行による金融以外の事業展開に制限が設けられているものの、商品取引については本業を補完するとの理由から、2003年に米連邦準備理事会(FRB)により特例が認められた。また、ゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーは、2008年に金融持ち株会社に移行した際、商品取引に関わる資産の保有について5年間の猶予期間が与えられている。FRBはこうした過去の判断及び今後の方針について、近々、何らかの見解を示すとみられる。

銀行の商品取引への関与にはふたつの問題がある。まず、現物資産の保有が資源価格に対する不当な影響力につながる点が懸念されており、市況の高騰を招くことで消費者が不利益を被っているとの指摘がある。次に、商品取引は本来の銀行業務との関連性が薄く、金融システム及び経済全体の不安定性を助長する危険性があるとの批判も出ている。

一方、銀行による商品取引は市場の効率性や市況の安定性に貢献しているという見方もある。調査会社IHSが9月19日に発表したレポートでは、商品取引における銀行の役割が如何に経済全般に貢献しているかについて説明している。最大の役割は、様々なヘッジ手法の提供であろう。商品取引には数多くの生産者や需要家が関与し、それぞれの市況変動に対する考え方、時間軸、許容範囲が異なる中、銀行が取引に介在することでこうしたリスクを調整し、市場全体に効率性をもたらしている。また、流動性を供給することで市場参加者を増やし、資源価格の適正化及び安定に貢献している面がある。

現物資産の保有が禁止された場合は、特定の金融サービスの提供に支障を来たす可能性に加え、取引コストの上昇を招いてしまう恐れがある。一定の役割が認められているからこそ、銀行の立場を擁護する声が需要家からも出てきている。即ち、銀行が商品取引から撤退した場合、需要家自身が在庫や現物資産を保有せざるを得ず、機動的なリスク管理がしにくくなるという懸念が示されている。

国民の反発や政治的な圧力を考慮すると、銀行に対する規制強化の動きは簡単になくなりそうもない。既に、規制強化の可能性に備え、大手銀行を中心に商品取引の縮小や資産保有子会社の売却の動きがみられる。しかし、銀行の活動範囲が制限されることになった場合、銀行に代わりこうしたサービスを提供する主体が現れることになろう。例えば、グレンコア・エクストラータは資産保有を拡大することで最大のロンドン金属取引所(LME)倉庫保有者となる等、商品取引会社による業務拡張が目立っている。この様に、商品取引に関わる規制強化は、短期的に市況の混乱を招く恐れがありだけでなく、中長期的に業界の勢力図に変化をもたらすとみられ、今後も米国での議論の行方が注目される。

コラム執筆:井上 祐介/丸紅株式会社 丸紅経済研究所

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