毎月、財務省から発表される貿易統計。外需主導で成長する日本経済を見る上で、最も注目される指標の一つである。
そして、貿易統計の動きは、為替、海外経済、日本経済の成長率から、ある程度つかむことは可能である。
当然ながら、円安、海外経済の好況時には輸出が増加し、円高、日本経済の好況時には輸入が伸びる傾向がある。しかし、こうした読み方だけは味気ないし、何より現場で実際に起こっているミクロの動向を把握することができない。言うまでもなく、貿易統計は税関を通った各商品の輸出・輸入の数字が積み上げられた合計であり、無機質に見える数字の裏では、商品ごと、地域ごとに実に様々な変化が起きているのである。今回は貿易統計の商品、地域ごとの動きから読み取れる最近の経済、産業の変化をいくつかご紹介したい。
まず、自動車である。自動車は、1980年代後半から鉄鋼を抜き、日本で最大の輸出品となっている。そして、ここ数年、特にリーマンショック以降の自動車輸出を巡る最大の注目点は、海外生産の高まりであろう。貿易統計からその証拠をつかむことができる。ここ数年、自動車(完成車)輸出と自動車部品輸出の動きに変化が生じているのである。過去10 年間、一貫して4:1程度だった自動車輸出額と自動車部品輸出額の比率は、09 年以降、3:1程度となり、相対的に自動車部品の比重が上昇していることがわかる。これは、円高、米国市場の低迷、賃金が安価なアジアなど新興国市場の拡大等から、製品本体ではなく、部品を海外に輸出し、現地生産を行うという流れが進んでいることを要因としている。
そして、この結果、海外で生産された日本ブランドの自動車の逆輸入も急速に増加している。例えば、日産マーチのタイへの生産移管から、2009年度、258台だった日産の輸入車は、2010年度には41,530台に増加した。日産ブランドの逆輸入車が輸入車全体に占めるシェアは2010年度では、17%に上り、日産はフォルクスワーゲンに次ぐ第2位の輸入車ブランドとなっている。
鉄鋼も日本の有力な輸出品である。このうち、80%はアジア向けであり、特にNIEs(※1)向けのシェアが大きい。ところが、NIEs向け鉄鋼輸出は、2010年後半から前年割れが続いている。台湾、韓国では昨年から新規ミル(高炉:鉄鉱石から銑鉄を作る炉のこと)が相次いで建ち上がっており、日本からの輸入が減少しているのである。これに代わって、足もとではASEAN向け輸出が拡大している。背景には、域内での消費拡大、また経済連携締結国など域外へと製品輸出の増加が考えられ、用途は家電、自動車向けが中心とみられる。こうしたASEAN向けの輸出増加がNIEs向けの減少を補う形で、鉄鋼輸出全体は足もと過去最高水準で推移している。鉄鋼輸出の総額の動きを見るだけでは、こうした仕向け地の構造変化を見落としてしまう可能性があるといえる。
さらに、巷で言われていることが案外そうでもないことを発見することも可能だ。中国での労働争議、賃上げの影響等から、繊維・衣類関連の工場が中国からより賃金の安い国々に移転しているとの報道がある。しかし、貿易統計をみる限り、現時点ではそうした動きは限定的だと思われる。衣類・同付属品輸入に占める中国のシェアは、2010 年で82.2%となり、2009 年の82.9%からはわずか0.7%の低下に過ぎない。これは、貿易統計(ただし、あくまで金額ベース)をみる限り、報道の割には、中国から他地域への工場移転がわずかしか進んでいないことを示唆しているといえるだろう。
グローバル化とともに、調達、製造、販売など一連の経済活動には無数のパターンが想定されることとなり、貿易の現場ではこうした動きを反映した変化が常に起きている。貿易統計はその縮図であり、商品、地域ごとに様々な動きを読み解くことができる。ここでは3つの例を挙げたが、これ以外にも商品、地域ごとに様々な変化を確認することが出来る。単に総額を眺めるだけではなく、是非一度、その中身もじっくりとご覧になることをおススメしたい。
NIEs(※1)
Newly Industrializing Economies
発展途上国の中で20世紀後半に急速な工業化などにより高度経済成長を果たした国・地域のこと。「新興工業経済地域」ともいう。アジアでは韓国、台湾、香港、シンガポールをさす。
コラム執筆:安部直樹/丸紅株式会社 丸紅経済研究所
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