先日ロシアのモスクワとハバロフスクに出張しました。モスクワのホテル(外国人出張者にとっては普通のレベルのホテル)にチェックインする際のことです。なんと朝食がUS$40。とても受け容れられる価格ではありません。「朝食は要りません」と小さな声で伝える私。そしてそういう返事に慣れていない従業員の「それでいいのか?」との再確認。気まずい沈黙の後、私は再度「要りません」と答え、5階の部屋へ。
目を覚ますと朝7:00。今日は日曜日。しかし朝食はありません。厚着をして「武士は食わねど高楊枝」とばかりに街に飛び出しましたが、残念ながらここはコサックの国、ロシア。アジアから来た軟弱侍が耐えられる寒さではありません。「これは朝飯を食っていないからだ」と考え、赤の広場の周辺を探すと、すぐに見つかりました、24時間営業のカフェが。看板には「朝食135ルーブル(約400円)から」と安値自慢。しかしこちらはデフレの国から来た侍、何を自慢したいのか意味不明。とにかく朝飯だ、とばかりにカフェに駆け込み、メニューを要求。当たり外れの少ないボルシチ(ボールシと書く方がより発音に近い)を注文し待つこと約5分。ボルシチ大統領(昔なら書記長)のお出ましです。
ボルシチを眺めつつ思いだしました。今回の出張の目的はロシア農業調査なのだと。そう考えると一杯のボルシチが色々教えてくれます。まずボルシチに入っている野菜。ロシア産野菜の7割は「住民の個人副業経営農業」で栽培されており、その中にはダーチャと呼ばれる家庭菜園も含まれます。この国の寒冷な気候、土いじりの習慣、新し物好きの国民性、大統領が先頭に立つ近代化政策、桁はずれの金持ちの存在・・・これらを考慮すれば、日本の先進的な植物工場が飛ぶように売れるのでは。
次にボルシチの豚肉。現在、ロシアでは国家戦略として畜産を奨励しています。その目的は溢れる穀物の安定的な国内消費(畜産飼料として)です。ロシアでは既に人口が減少しており、且つ所得向上により1人当たりの直接的な穀物消費量も減少しています。パンよりもおかずを多く食べるようになったわけです。一方、経済安定による肥料投入の増加などにより、穀物生産は増加基調にあります。よって余剰穀物の貴重なはけ口として畜産や輸出が必要なのです。
ふとボルシチの横を見るとスメタナと呼ばれるサワークリームが鎮座しています。ロシアではこのスメタナをボルシチにブチ込んで食べるのが常識です。しかしせっかくシェフが丹精込めて作ったボルシチに酸っぱいスメタナを大量投入するというのはいささか乱暴かつ理不尽に思えます。理不尽と言えば2010年8月からロシアが実施している大干ばつに伴う穀物輸出禁止でしょう。輸出禁止の目的は穀物確保ですが、実は現在ロシアの穀物生産者の間では、輸出できない穀物の生産をやめて、現金化しやすく利益率の高い作物に転作する動きが起こっているそうです。その結果穀物生産量は伸びず、穀物確保という当初の目的が達成されていないのでは、との見方もあります。
とはいえ、ロシア政府は長期的には、溢れかえる穀物を畜産や輸出で消化する方針を固めており、将来的には不安定ながらもロシアは穀物輸出国として定着するのでは、と考えています。
などなど、色々考えつつ朝食も終わり、カフェを出て、次に私はスーパーマーケットに向かいました。お土産にインスタントかレトルトパックのボルシチを買うためです。しかしあちこちの店を探したのですが、店員は「そんなものはない」の一点張り。本来、ボルシチは各家庭で長時間かけて作るもの。簡単ではないのです。そしてボルシチが教えてくれたロシアの農業政策も、その実現には長い時間を要するとの見方が優勢です。
コラム執筆:
榎本裕洋/丸紅株式会社 丸紅経済研究所
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