徹夜ですることと云ったら何でしょうか?若い頃はよく徹夜で麻雀をしました。大学生の頃暮らしていた建物の向かいに小さな一軒家があり、夜中近くなってからお婆ちゃんを起こして入れてもらったことがよくあります。お婆ちゃんはたいてい卓の横に小さな丸椅子を持ってきてそこで座ったまま寝るのですが、一度居ないなぁと思っていたら、トイレに行くとお婆ちゃんがしゃがみ込んだまま寝ていることもありました。因みに和式トイレです!

朝になるとガラスの引き戸の向こう側で一家の朝ご飯が始まります。テレビを付け、こたつに入りながら小学生がご飯のおかわりに手を伸ばし、お婆ちゃんがご飯をよそう。そんな光景をガラス戸の隙間から見ながら、罪悪感を持った記憶があります。流石にこの状況ではそう感じるでしょうが、なべて徹夜麻雀はそれなりの罪悪感を伴うものです。昼間同じ時間麻雀をしても、同量の罪悪感は持たない気がします。では徹夜=罪悪感かと云うと、NY行きの飛行機で徹夜で映画を観ても罪悪感は感じませんが、地上で徹夜映画鑑賞となると罪悪感を感じそうです。取れる睡眠はしっかり取って日中の営みに備えることに対して、人は義務感を生来持っているのでしょうか?やはり動物としての本能でしょうか?

徹夜に伴ってくるものは罪悪感だけでなく頭の回転のムラです。何でこんな下らないつぶやきを書いているのか。ムラが発生しているとお許し下さい。