先日焼鳥屋にふらっと入ると、普段は閉まっている店の扉が何故か開けっ放しにしてありました。店はほぼ満員で、予約もなしで行ったため、カウンターの一番手前の端っこ、通常はお客さんに座らせない所をチョコチョコと片付けて、そこに座らせてもらいました。馴染みの店なので、カウンター越しにはいつもと変わらない顔、食べるもの飲むものも、やはりいつもと変わらないもので、全てがいつも通りでした。

そんな風に暫く過ごしていると、カウンターの奥のカップルが立ち、私のすぐ脇を通って、扉から出て帰って行きました。と、その時、カップルを見送った店員が、「扉閉めましょうか?風薫る月ですから開けときましょうか?」と私に聞きました。風!そう云えば確かに、気持ちのいい風がさっきからそよいでいるのでした。「風薫る五月」で始まる、母校の運動会の応援歌が頭に蘇りました。

それから先は、いつもと全く変わらないその空間が、ひと味違う情緒を帯びてきました。言葉と、その言葉から生まれるイメージが、人の感覚に与える影響は斯くも大きなものです。件の店員は、私がそのように反応していることを知る由もなく、またいつも通りに扉際に立っているのが、どこかおかしく、却って趣を深める夜でした。