このつぶやきを書いているのは今日5月15日のお昼前なのですが、本日午後に今年度のAIO(アート・イン・ザ・オフィス)の審査会が開かれます。今年はどんな議論になり、どんな作家が選ばれるのか、とても楽しみです。

先日予備審査、即ち参加作品・プランの一覧確認をしたのですが、この1年間で私の中で大きく変わったことを感じました。つぶやきで何度か書いてますが、私はこの数年、茶道に凝っています。特にこの1年間は茶室に強い興味を持ち、いくつもの茶室を見て、比べて、そして今まで何となくでしか見ていなかったディテールを注意深く観察するようになり、そしてその意味を理解しようとしてきました。茶室は日本文化や芸術を納める空間なので、必然的に掛け軸とか茶花にも興味を持ち、観察し、理解しようとすることになります。

茶室に関してもっとも思索的に深く仮説を立て解説し、そして芸術的な観点からも西洋との対比を著したものは、私は岡倉天心のTHE BOOK OF TEA (※)のThe Tea-Roomの章だと思っています。西洋文化と東洋文化が違うように、西洋芸術と東洋芸術も大きく違う。その違いを私なりに深く、何度も考えて感じてきたせいか、「ではコンテンポラリー・アートはどうなのだろう?」という疑問が自然と浮かびました。

予備審査でサッと目を通した限りでは、少なくとも応募作品・プランは西洋アート的なものを多く感じたのですが、もちろんコンテンポラリー・アートは日本的であったって成り立ちます。コンテンポラリーは時間の概念であって、場所の概念ではありませんから。コンテンポラリー・アートの要素の中で私が一番好きなのは、作者がコンテンポラリー、即ち同時期に見る者と生きていて、見る者を巻き込む生々しさです。コンテンポラリー・アートがそういうものだと、私は決して云ってません。コンテンポラリー・アートの中でそういう要素があると、私は個人的に好きなのです。

そしてその見る者=客との一体性、見る者=客が居て初めて成り立つ空間というのは、茶室などの日本文化にも共通するものがあると思うのですが、果たしてそうでしょうか。今日は、その辺りのことにも思索と感性を巡らしながら、AIOの審査に臨みたいと思います。

※プロジェクト グーテンベルクのサイトに遷移します⇒「THE BOOK OF TEA」