米国によるベネズエラ大統領拘束が米国株に与える影響を考える
2026年のお正月、新しい年は大きな波乱もなく、比較的穏やかなスタートになるのではないか。そう考えていた投資家も多かったと思います。しかし、その期待は早々に裏切られました。年明け早々、新たな地政学リスクが突如として表面化したのです。
2026年1月3日、トランプ米大統領は、ベネズエラの首都カラカスに対する軍事行動を実施し、ニコラス・マドゥロ大統領夫妻を拘束する作戦を行ったと発表しました。米軍による周到な準備と迅速な行動によって、事態は一気に進み、ベネズエラ大統領夫妻はニューヨークの拘置所に収監されたと伝えられています。果たして、このニュースを受け、マーケットはどう反応するのか、過去の事例との比較で説明します。
株式市場は「予想をしなかったニュース」を嫌う
一般論として、株式市場は突発的な軍事行動や地政学リスクの発生を嫌います。過去の例を振り返っても、こうした局面ではVIX(恐怖)指数が上昇し、株価が一時的に下落するケースが多く見られます。
ただし、ここで重要なのは、市場は戦争そのものに反応しているのではないという点です。市場が本当に嫌うのは、「何が起きるのか分からない」「どこまで広がるのか分からない」という不確実性です。
これまで米国の軍事行動の多くは中東が舞台でしたが、今回は「アメリカの裏庭」とされる地理的にも政治的にも距離の近い南米で起きた点が、これまでとは大きく異なります。この違いを理解するうえで、非常に参考になる過去の事例があります。それが1989年のパナマ侵攻です。
1989年、パナマ侵攻という前例
「民主主義の回復」「麻薬密輸の阻止」「パナマ運河の安全確保」などを名目に侵攻
1989年12月、米国のブッシュ米大統領はパナマに軍事侵攻しました。この作戦は Operation Just Cause(正当な大義作戦) と呼ばれ、主な戦闘は1990年1月末まで続きました。
当時パナマでは、実権を握っていた マヌエル・ノリエガ将軍が独裁体制と選挙不正を強めていました。ノリエガ将軍は麻薬密輸の容疑で米国の連邦大陪審に起訴されており、さらにパナマ運河の安全確保は、米国の国家安全保障上、極めて重要な問題でした。
1989年12月、米兵が殺害された事件を直接の引き金として、米国は「民主主義の回復」「麻薬密輸の阻止」「米国人の保護」「パナマ運河の安全確保」を名目に侵攻を決断し、ノリエガ将軍は1990年1月3日に拘束され、米国本土へ移送されました。
パナマ侵攻前にS&P500は下落基調に
1989年の米国株式市場は、年初から秋にかけて力強く上昇しました。S&P500は10月にかけて約30%上昇し、高値圏にありました。しかし、その後12月に入ると、株価は徐々に調整局面に入ります。
この時点で重要なのは、米国による軍事行動の可能性は意識されていたものの、本格的な全面侵攻までは広く想定されていなかったという点です。制裁や限定的な軍事行動、あるいは裏での圧力にとどまるとの見方が主流で、「公然とした侵攻」は起きにくいと考えられていました。
そのため市場では、米国とパナマの緊張がどこまで拡大するのか分からない、パナマ運河という戦略的要衝が混乱に巻き込まれるのではないか、軍事行動が短期で終わるのか、長期化するのか見えない、といった先が読めない不安が積み重なっていました。株式市場は、悪材料そのものよりも、終わりが見えない状態を最も嫌います。その結果、侵攻前にS&P500は下落基調となったのです。
パナマ侵攻が始まると、不確実性が低下し株価は反発
ところが、1989年12月20日に実際に侵攻が始まると、市場の見方は一変しました。約2万7,000人規模の米軍が一斉に投入された迅速かつ圧倒的な作戦は、多くの専門家や同盟国にとっても不意打ちに近いものでしたが、同時に状況がはっきりした瞬間でもありました。
「何が起きるのか分からない」という状態が消え、「こういうシナリオで進む」という輪郭が見えたことで、不確実性が急速に低下しました。
その結果、S&P500は侵攻後に反発します。市場にとって重要なのは、「良いニュースか悪いニュースか」ではありません。最悪のケースが残っているかどうかです。この動きは、市場が戦争を好んだことを意味するものではなく、不確実性が高まると売られ、結果が確定すると買い戻される――この投資家心理を、そのまま映し出したものでした。
その後の下落は「別の理由」
ただし、ノリエガ将軍が拘束された1990年1月3日をピークに、S&P500はその後大きく下落しました。これはパナマ侵攻が悪化したからではありません。市場の関心が、次の問題へと移ったためです。
当時の米国経済は、金融引き締めによる景気減速、商業用不動産の悪化、銀行セクターの不安定化、企業収益の伸び悩みといった、侵攻とは無関係の構造的な問題を抱えていました。市場は常に「次に意識すべき不確実性」を探し続けていたのです。
今回のベネズエラ情勢は、短期的な市場変動要因か
では、今回のベネズエラ情勢はどうでしょうか。トランプ政権は当面ベネズエラを統治する方針を示し、エネルギー分野への投資も発表しています。一方で、マドゥロ政権を支持する国民も一定数存在しており、今後の展開には不透明な部分が残ります。
ただ、軍事面で見ると、米国とベネズエラの国防予算には200倍以上の差があり、正規軍同士の全面戦争に発展する可能性は極めて低いと考えられ、米国も「勝てる戦争」と判断しての行動であったのだと考えられます。もちろん、中国やロシアの反応など、新たな不確実性が生まれる可能性はありますが、それは主に短期的な市場変動要因にとどまると思っています。
投資を継続するために重要なこと:市場が何を嫌い、何を評価してきたのかを冷静に考える
1990年当時と現在を比べたときの大きな違いは、現在の米国経済は総じて堅調であるという点です。今回の出来事が、米国企業の業績や中長期的な成長シナリオに直接的な悪影響を与えるとは考えにくい状況です。
これは私が機会ある毎に説明していますが、米国株の長い歴史を振り返ると、S&P500は毎年、10%前後の調整を1回程度、5%前後の調整を複数回経験しています。今回の出来事が、そうした「いつもの調整」のきっかけになる可能性はありますが、それは決してマーケットの大きな下落の始まりを意味するとは思っていません。
最後に、現時点において、今回のベネズエラ情勢だけを理由に、米国株投資を悲観的に考える必要はないと私は考えています。市場は一時的に動揺するかもしれませんが、不確実性が整理されていく過程で、株価が再び落ち着きを取り戻すと考えています。
地政学リスクが表面化したときこそ、過去の歴史を振り返り、市場が何を嫌い、何を評価してきたのかを冷静に考えることが、投資を続けるにあたって、何より重要なことではないでしょうか。
