株価と為替の「10月暴落」代表例
歴史的な株価の「10月暴落」の代表は、やはり1987年10月のNY発世界同時株暴落「暗黒の月曜日(ブラックマンデー)」だろう。同じく「暗黒」と評されたのは、世界恐慌の幕開け役になった1929年10月の暴落「暗黒の木曜日」だ。
そして株ではなく、為替の「10月暴落」の代表例は以下の2つと言えるだろう。1998年10月の米ドル/円大暴落と、2008年10月の「リーマン・ショック」における豪ドル大暴落の2つの例について振り返ってみる。
3日間で約25円の米ドル暴落が起こった1998年10月
1998年は8月まで「止まらない円安」が展開していた。ただ結果的には、この1998年の米ドル高・円安は8月の147円で終わった。そして10月には130円台半ばまで10円以上、米ドル安・円高へ戻るところとなっていた。
ところが、それほど比較的大きく米ドルが下落したにもかかわらず、ある大手ヘッジファンドが米ドル買いポジションで巨額の含み損を抱えたままになっているようだとの噂が広がった。このポジションの損切りで米ドルの処分売りが大量に行われたら米ドルは暴落するのではないか、という懸念が広がる中で実際に米ドルの大暴落が始まったのだった。
10月6~8日までの3営業日で、130円台半ばから110円割れ近くまで、米ドルの最大下落幅は25円近くにも達した。特に最初の2日間は、1日で10円程度の米ドル暴落が続くという記録的な大暴落相場となった (図表1参照)。
2008年10月「リーマン・ショック」FX最大事件の豪ドル暴落
2008年10月は、「リーマン・ショック」が起こったタイミングとして知られているだろう。ここでは米ドル/円も大幅な下落となったが、それを上回る大暴落を演じたのが豪ドル/円だった。10月の豪ドル/円は90円近い水準での取引スタートとなったが、月末にかけて50円台まで何と30円以上もの大暴落となった(図表2参照)。
折しも中国を始めとした新興国の台頭でBRICs時代とされたこと、そして原油価格が一時150米ドル近くまで急騰したこともあり、豪州の金利は大きく上昇し、高金利通貨の豪ドルは日本のFX投資家の人気通貨となっていたことから、この大暴落の影響はかなり大きかったようだ。
パウエル発言と「根拠なき熱狂」発言の違い
パウエルFRB議長による、FRB議長としては異例の株価への言及があったのは先週9月23日だった。似たような例として有名なのは、1996年12月、当時のグリーンスパンFRB議長による「この株高は根拠なき熱狂なのか」という発言だろう。ただ、このグリーンスパン発言の後も、米国株は上昇が続き、ITバブル崩壊として株価が暴落に転じたのは3年以上後になってからだった。では、今回のパウエル発言後も株高は変わらないのだろうか。
幾つかのデータは、今回のパウエル発言が上述のグリーンスパン発言より、2000年初めのITバブル崩壊の株暴落が始まる局面に近い可能性を示している。その1つが、NYダウに対するナスダック総合指数の相対株価など、いわゆるバリュー株に対するグロース株の極端な割高を示す指標だ(図表3参照)。こうしたデータなどは少し気になるところではないか。
