「政治的議論の駒」として利用される事例も

米国では10月から株主総会を迎える企業が多く「ESG株主」と米国企業との交渉はすでにスタートしているようだ。株主が企業に要求を伝え、交渉を行うときのツールとして海外市場で用いられてきた株主提案についても徐々に日本市場に浸透してきた。一方で、株主提案の提案主にとっても株主提案を受ける企業にとっても、株主提案を通じたステークホルダーとのコミュニケーションに非常に大きな労力がかかることから、一般的には株主提案の提出を互いに避けることが望ましいとされている。

米国の株主提案の動向に詳しい Matteo Tonello 氏はハーバード・ロースクールのコーポレートガバナンス・スクールフォーラムで「株主提案の急増は、企業の疲労にもつながっている」と指摘している。米国では株主提案のプロセスに、提案者との交渉、SEC(米国証券取引委員会)からノーアクションレターの取得等、かつてないほど多くのリソースが費やされているからだという。

同氏によると、企業は政治的議論の駒として利用されることにもうんざりしており、「(株主提案の)提案者が宣伝効果を狙っている場合や、提案者が実際に達成しようとしていることとは別のことを要求している場合(報告書の発行を要求しているが、実際には会社に特定の問題に対する具体的な行動を求めている等)」はそのような事例に該当するとしている。

北米地域では交渉妥結で株主提案を回避するケースも

一方で、株主提案の提出を回避するため、企業と株主の交渉を進めた結果、早期に両者が合意に至るケースが多いことも忘れてはならない。米国の様々な機関投資家やファンドが協力し、企業に働きかけるICCR(Interfaith Center on Corporate Responsibility)によると、2024年に企業に提出された株主提案が、株主との交渉の結果取り下げられた事例として以下のようなものがあるという。

カナダロイヤル銀行 

気候変動対策 : GFANZ(Glasgow Financial Alliance for Net Zero)とCA100+に基づく移行準備フレームワーク(顧客の脱炭素)を使用し、エネルギー部門の顧客評価のポートフォリオに関する結果を毎年報告することに株主と合意した。

スターバックス [SBUX]

ロビー活動に関する開示:同社から25,000ドルを超える政治献金を受け取った団体を開示することに株主と合意。

エヌビディア[NVDA]

ガバナンス:発行済み株式総数の15%を保有する株主に臨時株主総会の招集権を与えるため、ガバナンス文書を修正することに株主と合意。

実際、ICCRによると、2024年に米国企業に提出された株主提案のうち84件は企業と株主の合意形成がなされて取り下げられたという。とりわけ、人種的正義と気候変動(両テーマとも2024年は16件が取り下げ)に言及する提案は、取り下げられやすい傾向にあるという。

企業への働きかけ、アジア・オセアニア地域でも具体的な成果が

他方で、米国では企業にかかる負担の大きさから「株主提案の提出を制限すべきだ」との声は根強い。日本でも「企業への働きかけの成果が具体的にどのようなものなのかはっきりしない」という指摘もあるが、その成果を前向きに評価する声もある。

気候変動に関するアジア投資家グループ(AIGCC)は9月4日、日本を含むアジア諸国の電力会社への投資家の働きかけの成果を報告書として取りまとめた。同報告書ではAIGCCのCEO、Rebecca Mikula-Wright氏が「新しい石炭火力発電所の建設を約束しないように企業に要求することから、特定の期間内に既存の石炭火力発電所の段階的廃止計画を実施することまで、議論は進んでいます」とコメントしている。

その具体的な事例として、2024年4月にオーストラリアのマーケット・フォースらが中部電力(9502)に対して提出した「気候変動関連の事業リスク及び事業機会の効果的な管理のための取締役のコンピテンシー」開示を求める議案が、20%以上の株主の賛同を得たと紹介されている。「気候変動リスクのコンピテンシーを持つ取締役の数を増やすことへの投資家の関心が高まっていることを示した。投資家は取締役の気候変動対応能力の評価・選定基準への関心も高めている」と評価。そのうえで「中部電力とJERAとの協働を継続し、海外事業を含めた石炭からの早期撤退に対する投資家の期待を伝えていく」としている。

そのほか、オーストラリアでは、同国最大の銀行として知られるCommBankが8月中旬、パリ協定への移行計画を持たない石油・ガス生産企業への融資停止を決定した。このような大胆な決定も株主提案を含む投資家や株主と企業との対話によって実現されたものと言える。企業や投資家、提案主には大きな労力が伴うが、米国に限らず日本やオーストラリアでもダイナミックな成果が出るようになったことを考慮すべきだろう。