高まる「遺言書」熱

国税庁によると、2022年に死去した人は156.9万人、うち、相続税を課された人は15万人を占めた。死去した人の9.6%で相続税支払いが発生していることになり、この割合も年々高まっている。「大相続時代」が到来していると言われる中、筆者は遺言書への関心が世間一般に広がり始めていることを複数の場面で感じる。

1つは、セミナーへの参加者の多さと熱心さだ。今春、神奈川県で2回セミナーを実施したが、予想以上に参加者が集まった。70~80代が多く、女性が7~8割を占めた。なぜ女性が多いのだろうか。筆者の考えでは、女性の寿命の長さが関係するとみている。

両親と子がいる家族で、両親のどちらかが死去して「一次相続」が発生した場合、遺された配偶者が自宅など多くの財産を相続するケースではあまり問題は起きない。しかし、遺された配偶者も死去して「二次相続」が発生すると、子の間で相続財産の配分を巡って衝突が起きるリスクがある。女性は男性より平均寿命が長いため、二次相続の被相続人(死去した人)となる可能性が高いのだ。

2つ目は、筆者の事務所に「遺言書の書き方を教えてほしい。併せて相続税がどの程度かかるのかを検討したい」という相談が増えたことだ。以前は相続税の節税相談や申告書類作成の依頼が主体だったが、意識の変化を感じる。

遺言書で相続財産の分配方法を記しておくことは、遺していく子や親族の争いの芽を摘み取る有効な手段だ。当コラムでは、遺言書の書き方やつまずきやすいポイント、注意点などを紹介したい。

一般実務では2種類の遺言

まず、基礎知識として、遺言書の種類を紹介したい。実務上使われる頻度が高いのは、公正証書遺言と自筆証書遺言だ。

公正証書遺言は、作成まで複数回、公証人と打ち合わせし、公証人が作成する。公証人を自宅や病院などに呼んで作成してもらうことも可能だ。作成に当たっては2人の証人が必要だ。公正証書遺言の原本は公証人役場で保管され、紛失や改ざんのおそれがない。ただし、手間と費用がかかる。

これに対して、筆者がセミナーで取り扱っているのは自筆証書遺言だ。遺言の本文、日付、氏名を自分で書き、押印する。自筆証書遺言は、相続が発生した後、家庭裁判所が中身を確認する「検認」という手続きが必要だ。

検認手続きは煩雑だ。加えて、そもそも自筆証書遺言が発見されないまま、遺産分割協議が進むリスクもある。こうした課題には、法務局に3900円を支払えば、自筆証書遺言を保管でき、検認も不要という「自筆証書遺言書保管制度」で対処できる。

最もつまずくのは「財産と相続人の紐づけ」

自筆証書遺言作成の手順は、大きく①財産目録を作る②財産を誰に分けるか紐づける③紐づけを基に遺言の全文を書く、という3ステップだ。

第1ステップの財産目録作成は、自宅や土地などの不動産、預金や投資信託などの金融資産がどこにいくら分あるのかを書き出す作業だ。これは円滑に進む。しかし、セミナーで往々にして参加者の手が止まるのは、第2ステップの「財産と相続人の紐づけ」だ。

「親としては3人の子供に平等に財産を分けたいが、自宅は分割できない」「介護で世話になった次男には多めに相続させたいけれども、長男はどう思うだろうか」といった、具体的な家庭事情がこの段階で噴出する。

親の持ち家と預金を子3人で相続する場合、持ち家は子1人に、2人の子には預金を分割することが考えられる。この際、持ち家の相続税評価額と、預金の相続額が、3人の子で同一になることは考えにくい。また、通常、持ち家の時価は、相続税評価額より高くなる。さまざまな要素が作用し、子の間で不公平感が生まれる。

遺産分割では、親も子も「平等に分ける」ことが大前提という思いを持っている。しかし、「平等」の意味が、親と子で異なることには注意が必要だ。親から見た「平等」は、介護したり、自営業を手伝った子には多めに財産を配分する、という意味であることが多い。これに対して、子は、たとえ介護や自営業手伝いをしなくても、ほかの子と同額を相続するのが「平等」ととらえるものだ。

相続財産の‘’分け前‘’を均等にするのは極めて難しい上、「平等」の定義は人によって異なる。「財産の平等な分与」は不可能と言っていい。遺言書には、誰にどの財産を相続させるのかはもちろん、なぜそのような分配方法にしたのか、理由や考えを書いておきたい。

財産と相続人の紐づけが終われば、遺言書作成は終わったも同然で、あとは清書・押印するだけだ。ただし、一部の遺言者は、遺留分への配慮が必要だ。遺留分については紙幅の関係もあり当コラムでは詳細を割愛するが、頭の片隅にこのキーワードを置いておいてほしい。

「書きたいときに書けない」その前に

冒頭で述べたように、死去した人すべてに相続税が課されるわけではない。相続税の算定には、各種の控除があり、相続財産(正式には相続税評価額)が一定以下の場合は課税されない。たとえば、すべての相続に適用される「基礎控除」は「3000万円+(600万円×法定相続人数)」だ。母親が子3人を遺して死去した場合、相続税評価額が4800万円以下ならば課税されない。

しかし、たとえ相続税が課されなくても、いや、課されない水準の財産だからこそ、遺言書で分与方法を明記するのが妥当だ。筆者の経験上、過少財産の分配を巡る「争続」もかなり見受けられるからだ。

遺言書を書かない場合は、民法に規定している法定相続分などを参考に相続人同士の話し合いで遺産分けが行われる。しかし、相続財産の中には、分割が難しいものもある。たとえば、母親の自宅を、子3人が法定相続分に従って3分の1ずつの持ち分で共有するのは、後々、維持管理や売却で煩雑な手続きが予想される。

そのため、一人っ子以外の家族では、遺言書は必要アイテムと言っていい。

セミナーの参加者や事務所への相談者も簡単には遺言書を書けないが、相続への意識は高い。問題は、遺言書への関心が薄い層だ。遺言書を巡り、実務家の間では「書ける時には書かないで、書きたい時にはもう書けない」という格言がある。いよいよ終活を意識した時には体力・気力が無くなっているということがないよう、早めに遺言書執筆作業に取り掛かることをお勧めしたい。