◆渋谷ヒカリエにある東急シアターオーブでミュージカル『エビータ』を観た。アンドリュー・ロイド=ウェバー作曲、ティム・ライス作詞、ハロルド・プリンス演出という、ミュージカル界の「御三家」によって創られたこのミュージカルは1978年ロンドンで初演、1980年のトニー賞で最優秀作品賞を含む7部門を受賞した。その後もブロードウェーはじめ世界で上演され続けている名作中の名作だ。1996年にはマドンナ主演で映画にもなった。僕はずいぶん昔にNYで『エビータ』を観たが、今回の初来日は1978年初演時のオリジナル演出版。絶対観たかったのである。

◆「エビータ」とは実在の元アルゼンチン大統領夫人エヴァ・ペロンの愛称。恵まれない境遇に生まれながらもモデルや女優を経て、大統領夫人にまで上り詰め、33歳の若さでこの世を去った彼女のドラマティックな生涯を描いた作品だ。

◆アルゼンチンは過去100年に6回、債務不履行を起こしている債務不履行の常連国だ。そのアルゼンチンが100年国債を発行し国際資本市場にカムバックしたことが話題になったのはつい1年前のことである。それから状況は様変わりした。米国の利上げで資本流出が加速、アルゼンチン・ペソは度重なる利上げでも下げ止まらず史上最安値更新が続く。アルゼンチン政府はIMFに支援を要請し500億ドルもの融資で合意したにもかかわらず動揺は収まらない。

◆マクリ大統領が進めてきたアルゼンチン経済正常化は一定の効果があったが、まだじゅうぶんでないということなのだろう。さらなる歳出の引き締めで財政赤字を改善させる必要があるが、民衆の抵抗が予想される。果たして政権がもつか。

◆ペロン政権は典型的なポピュリズム政権だった。エビータはアルゼンチンの民衆のマドンナだった。しかし彼女は貧しい人々に手を差し伸べて熱烈な支持を得る一方、権勢を振るって私腹を肥やす。劇中、狂言回し役のチェは、その欺瞞を指摘するのだ。当然のことだが、ポピュリズムが成り立つのはそれを受け入れる民衆がいるからだ。ポピュリズムの行きつく先は衆愚政治である。

◆大統領官邸のバルコニーから民衆に向けて歌う「Don't Cry for Me Argentina(アルゼンチンよ、泣かないで)」は圧巻である。優しく語りかける美しいイントロから次第に情熱的に歌い上げ、民主の心をつかんで熱狂させていく。曲は美しいのだが、ある意味、ポピュリズムの道具である。エビータという存在自体がポピュリズムの道具であったかもしれない。おそらくトランプ大統領もブロードウェーでこのミュージカルを観たことだろう。