CRMソフトウエアの市場規模は、2026年には1000億ドルの大台に乗る見込み
「お客様は神様です」という風潮の強い日本では「カスハラ(カスタマーハラスメント)」の弊害が問題視されています。過度な顧客サービスが生産性の低下を招いているとの指摘も多く、カスハラ対策とともに見直しが進んでいるようです。
とはいえ、顧客は企業活動の中心に位置する存在で、特に優良顧客との関係構築はマーケティングや営業活動にとっての基盤です。もちろん顧客対策は以前から重要視されていましたが、それを体系的に整理したCRM(Customer Relationship Management=顧客関係管理)は1990年代に米国で確立されたマーケティングの手法で、今日では世界中に広がっています。
特にカスハラ対策に追われるB to Cビジネスの企業だけではなく、企業間取引を主軸とするB to Bビジネス事業者にとっても効率的なマーケティング活動や営業活動は業績に直結する最重要の分野です。
営利目的のあらゆる企業にとって不可避な分野ということもあり、市場規模も大きいようです。ドイツの調査会社スタティスタによると、CRMソフトウエアの市場規模は2024年に約882億ドルに上り、2026年には1080億ドルと1000億ドルの大台に乗る見込みです。2024年から2028年までの年平均増加率は10.6%で、2028年には1319億ドルに達すると見られています。
CRMは情報技術(IT)の発達を背景に飛躍的に進化しました。最近ではクラウドや人工知能(AI)も加わり、進化が加速している印象です。そこで、今回は一段の成長が見込まれるCRMソフトウエアの開発企業をご紹介します。
成長規模が加速する、注目のCRM開発関連銘柄5選
セールスフォース・ドットコム[CRM]、CRMソフトウエアの世界最大手
セールスフォース・ドットコム(以下、セールスフォース)はCRMソフトウエアの世界最大手です。米国の調査会社IDCによると、2023年上半期の世界市場シェアは22.1%で、2位のマイクロソフト[MSFT]の5.7%を大きく引き離しています。
ニューヨーク証券取引所に上場しており、ティッカーシンボルは[CRM]。ダウ平均の採用銘柄でもあり、名実ともにCRMソフトウエアセクターを代表する企業です。
セールスフォースは「Customer 360」と呼ぶプラットフォームを提供しています。企業内の販売、サービス、マーケティング、情報技術(IT)などの各部門が横断的に顧客データにアクセスできるシステムで、顧客情報や体験を共有することで、各部署による迅速な対応や効果的なアプローチが容易になります。
「Customer 360」は設定が容易で、柔軟性が高いという特徴があります。他のプラットフォームとの統合も簡単で、第三者が開発した利便性の高いアプリケーションを追加することも可能です。
セールスフォースは世界中の企業にCRMソリューションを定額課金ベースで提供しています。提携先の第3者を通じて提供するケースもあり、こうした提携が世界的に高い市場シェアに繋がっているようです。
プラットフォームの「Customer 360」はもちろん、セールスフォースが開発した個別のツールと連動するように設計されています。「セールス」はSFA(Sales Force Automation=営業支援ツール)と呼ばれる営業部門向けのツールです。顧客情報を一元的に管理し、営業活動の効率化を促します。
営業部門の視点で使い勝手を考慮しており、データの保存、営業活動プロセスのモニタリング、見込み客の管理、商談の管理、売上高予想といった機能を使うことも可能です。さらにAI技術の進展を受け、議事録の自動要約、電子メールの自動作成、アプローチ方法の推奨といった機能も備わっています。
「サービス」はカスタマーサービスを管理するツールです。顧客先での機器やシステムの設置といった現場への人員派遣を含め、顧客サポートの強化を目的に開発しています。ルーティン業務の自動化を通じて顧客の生産性向上を支援し、顧客満足度を高めることも可能です。
この他にも企業のマーケティング活動の計画、自動化、最適化などを支援する「マーケティング」、ブランドやショップの顧客対応を手助けする「コマース」、膨大なデータを視覚化するTableau(タブロー)を含めて広範な分析ソリューションを提供する「アナリティクス」、MuleSoftを通じてシステムを連携する「インテグレーション」といったツールもあります。さらに「データクラウド」では企業内で未接続だったデータを統合し、組織内の各部署がデータにアクセスできるようにすることも可能です。
セールスフォースは「アインシュタイン」と名付けたAI群も積極的に活用しています。さまざまなツールに組み込み、AI予測や要約、自動生成などに役立てているのです。
ヴィーバ・システムズ[VEEV]、生命科学産業にソリューション提供
ヴィーバ・システムズはライフサイエンス(生命科学)産業向けのクラウドソリューション事業を展開しています。研究開発から商用化までの過程でライフサイエンス事業者が必要とするクラウドベースのソフトウエアやデータ、コンサルティングサービスなどを提供します。この中にはCRMソリューションも含まれています。
サービスの対象になるのは医薬品、バイオテクノロジー、医療機器、診断などのフィールドで事業を手掛ける企業です。ヴィーバ・システムズのサービスは研究開発向けと営業活動向けに大別されます。
研究開発向けでは「デベロップメント・クラウド」を軸に収益を上げています。この枠組みの中に「ヴィーバ・ボールト」というプラットフォームを展開し、臨床試験、法規面の情報管理、医薬品の安全性管理、品質管理などを支援するアプリケーションを開発しています。
特に臨床試験では「ヴィーバ・ボールト・クリニカル」というソリューションで、患者、研究機関、医薬品開発業務受託機関(CRO)、試験の主体などの間でデータの流れを円滑にする他、手順などの適切な管理を容易にします。また、臨床試験データの管理などを簡素化する仕組みも提供します。
消費者製品や化学製品の業界向けには、品質管理や文書管理などのアプリケーションである「クオリティーワン」に加え、法規上の提出物を管理するアプリケーション「レギュラトリーワン」などを開発しています。
営業活動向けの「コマーシャル・クラウド」は、生命科学産業の企業が自社製品をより効率的かつ効果的に商用化するためのソフトウエアやデータソリューションを提供します。CRMに使うソフトウエアをはじめ、販促のためのマーケティングツールや顧客照会データなどが組み込まれています。
ヴィーバ・システムズは現在、自社のCRMアプリケーションをセールスフォースのプラットフォーム上で運用しています。ただ、2025年に期限切れを迎え契約を延長しない意向も明示しており、自社開発のプラットフォームに移行する方針です。
ヴィーバ・システムズ以外にもセールスフォースのCRMプラットフォームを使っている事業者がいるため、今回の動きを契機に「セールスフォース離れ」が進めば、利用料の徴収額が減るセールスフォースにとって痛手になると見込まれています。
ハブスポット[HUBS]、135ヶ国の顧客に提供するCRMプラットフォーム
ハブスポットは主に中小企業や中堅企業を対象にCRMプラットフォームを提供しています。一般消費者に製品やサービスを販売するB to Cではなく、企業を相手にビジネスを行うB to Bの事業者が主要顧客で、定額課金ベースで収入を得るビジネスモデルです。顧客は135ヶ国に広がっており、顧客数は合わせて20万5,000社に上ります(2023年末時点)。
セールスフォースの製品群に類似したツールが多く、「マーケティングハブ」ではマーケティング活動の利便性を高める機能を提供します。自動化の推進、電子メールとSNSの活用、SEO(検索エンジン最適化)対策、報告、分析といった業務の支援に主眼が置かれています。
「セールスハブ」は営業チームの生産性と効率性を高めるように設計されたツールです。商談の進捗状況の管理、メールやチャットを活用したコミュニケーションの効率化といった機能を持ち、営業活動を支援します。
「サービスハブ」は顧客管理、顧客への対応、顧客への接触を支援するために設計されたソフトウエアです。ヘルプデスクやチャットボットの実装など顧客情報満足度を高める機能を集約しています。
この他にもウェブサイトの構築やブログ運営の最適化などで集客力を高めるためのツールである「CMS(コンテンツ管理システム)ハブ」、業務オペレーションを一元的に管理する「オペレーションハブ」などがあります。
こうした主要ツールで構成するのがカスタマープラットフォームの「スマートCRM」です。ツールはデータベースに接続されており、詳細な情報の引き出しが可能です。
ハブスポットは企業統合・買収(M&A)にも積極的で、2023年12月にはB to Bデータ収集のクリアービットを買収しています。クリアービットが持つ顧客情報などのデータを取り込むことで、サービスの強化を図るようです。
ペガシステムズ[PEGA]、企業向けの業務ソフトウエアを開発
ペガシステムズは企業向けの業務ソフトウエアの開発、ライセンス供与、サポートなどを手掛けています。ワークフローの自動化や人工知能(AI)を使った意思決定などを通じ、企業のデジタルトランスフォーメーションを推進します。
主力商品は「Pega Infinity(ペガ・インフィニティ)」と呼ぶプラットフォームです。CRMを含む顧客エンゲージメント、ビジネスプロセスマネジメント(BPM)などを含むデジタルプロセスオートメーション(DPA)、ローコード・アプリケーション開発プラットフォーム、ロボティクス・プロセス・オートメーション(RPA)、ビジネスルール管理システム(BRMS)などのソフトウエアを組み込んでいます。
CRMを含む顧客エンゲージメントでは「ペガ・カスタマー・ディシジョン・ハブ」というソフトウエアを開発し、提供しています。顧客価値の最大化と顧客サービスコストの抑制を目指す機能を持ち、顧客アプローチの方法などをAI主導で検討します。
顧客サービスを簡素化するアプリケーションが「ペガ・カスタマー・サービス」です。顧客ニーズを想定した上で、顧客対応の人員やシステムを適切に配置し、顧客満足度と生産性の双方の向上を目指します。
インテリジェント・オートメーションでは、「ペガRPA」などのソフトウエアを利用し、ワークフローの自動化を図ります。
ペガシステムズはフォーブス誌の「フォーブス・グローバル2000」にリストされるような国内外の大手企業を顧客に抱えます。このため競争も熾烈で、競合先としてIBM[IBM]、マイクロソフト[MSFT]、オラクル[ORCL]、セールスフォース[CRM]、サービスナウ[NOW]などの大手を挙げています。
ズームインフォ・テクノロジーズ[ZI]、営業支援ツールを提供
ズームインフォ・テクノロジーズの前身は2007年に現在のヘンリー・シャック最高経営責任者(CEO)が立ち上げたディスカバーオーグという企業です。2019年に同業のズーム・インフォメーションを買収し、再編を経て2020年にナスダック市場に上場しています。
ズームインフォ・テクノロジーズは企業向けにSFA(営業支援ツール)を提供しています。クラウドベースのツールを通じ、高度な情報と分析を販売、マーケティング、オペレーション、採用などの部署に届けます。
強みは豊富な企業・個人データとそれを分類し、重要な情報を抽出する能力です。人工知能(AI)などを活用して数百万のデータソースからデータを取得し、標準化や検証などを経た加工データを提供します。
ズームインフォ・テクノロジーズが提供するプラットフォームは柔軟性が高く、セールスフォース[CRM]やハブスポット[HUBS]のCRMプラットフォームに統合したり、併用したりすることも可能です。CRMプラットフォームのプロバイダーと競合するのではなく、共存する方針を打ち出しています。
2023年末時点の顧客数は3万5,000社を超えています。顧客はソフトウエア開発、ビジネスサービス、製造、通信、金融、メディア、運輸、教育、医療などの業界に広がっています。