◆「ウイスキーがお好きでしょ?」というCMが流れると、いつも無意識に「はい、大好きです!」とテレビに向かって答えている。ウイスキーが好きである。昔は外国のウイスキー -舶来品と呼んだー なんか高くてとても手が出せなかったから、もっぱら国産のウイスキーにお世話になった。NHK朝の連続テレビ小説「マッサン」は、ニッカウイスキーを興した竹鶴政孝とその妻リタがモデルとなっている。彼らのおかげで若くてカネのない時代にウイスキーを飲むことができたのだ。そんな彼らの奮闘には、テレビドラマであることを忘れて声援を送る毎日である。
◆先週はとても厳しい展開だった。やっと販売にこぎつけたウイスキーが売れず、会社が窮地に追い込まれる。出資者からは事業をたため、だがその前に原酒をぜんぶ売り切れと要求される。そして今いる社員の人数を半分に削減すること、それが嫌なら自分が工場を去ることをつきつけられたのだった。
◆出資者の言葉が印象的だった。「もうけてこそ商い。一生懸命とか、精一杯とか口先だけのこと、聞く耳もちません」。いい悪いの問題は別として、この時代、今よりよっぽど欧米流の資本の論理が効いていた。株主の立場が強く、経営者は株主に雇われているに過ぎない。結果=利益がすべて、達成できなければ大胆なリストラを株主が経営に突きつける...。
◆マッサンは心を鬼にして人員整理の決断をする。己の保身のためではない。「ウイスキー造りは、ずっと先の未来へ続く夢なんです。今わしらが造って仕込んどる酒は実はわしらがこの世からおらんようなったあと遠い未来に生きてくるんです」。以前のマッサンならば自分の夢を追うだけの青っぽいところがあった。しかし、この時のマッサンは「経営者」としての自覚があった。この台詞の前に彼はこう言った。「わしにゃ社員を守る責任がありますけん」。この苦渋の決断が、会社を守ることが、最終的には社員を救うことになるとの信念があったのだ。
◆行き過ぎた資本主義への反動から、もうこれ以上利益や成長を追わなくていいという声がある。デフレのほうがいいと言うものすらいる。まったく賛同できない。デフレのせいで職を失ったひとがどれほどいることか。非正規社員が増えたのもデフレのせいである。
◆昨日の日経新聞1面トップの記事は、企業が正社員を増やし始めているというものだった。パートなど非正規労働者から正社員に変わる人が増えた。2014年12月は企業による正社員の求人が約8年ぶりの多さになった。アベノミクスの成果かどうかは置いておくとしても、日本経済がデフレを脱しようとしている一端をうかがわせる動きだ。その背景には、利潤を追求しようとする企業行動がある。
◆この春は、以前より多くのひとたちが祝杯をあげるだろう。やっと職が見つかったひと。非正規から正社員になれたひと。待遇が改善したひと。乾杯の席でウイスキーは彼らの良き友となる。これを機にウイスキー愛好家が増える春となればよい。
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆