マイクロソフトの株主総会にロックスターが
2023年12月、米マイクロソフト[MSFT]マイクロソフトの株主総会会場がどよめいた。同社に提出された株主提案を株主が読み上げる場に、1990年代に世界を席巻したロックバンドのニルヴァーナでベーシストを務めたKrist Novoselic(クリス・ノヴォセリック)氏が登場したからだ。
我々はマイクロソフトに対し、人工知能(AI)を通じて生成・拡散される誤報や偽情報がもたらすリスクを評価する内容をまとめた報告書を発行すること求めます。マイクロソフトが発行する報告書には原則や決まり文句しかありません。我々投資家が求める具体的な行動や説明責任の概要は示されていません
ノヴォセリック氏は、投資会社アルジュナ・キャピタルによる株主提案の条文を読み上げた。同社は米国企業に対して責任投資に関する働きかけを行うことで知られる。株主らは、米大統領選挙を含め世界各国が「選挙イヤー」を迎える2024年において、生成AIがソーシャルメディアを通じて、偽情報や陰謀論の拡散を助長する可能性を指摘した。公的機関を不安定化させる力を持ちうる生成AIが、世界中の選挙に混乱をもたらすリスクがあるとの懸念も示した。
マイクロソフトは、生成AIの普及や、クラウドサービスの好調を受けて2023年10-12月期は過去最高の売上高を記録している。Chat GPTを運営するオープンAIと連携する同社にとって、AIは成長エンジンだが、同時に企業の社会的責任を問う目線も集めているようだ。
株主提案の決議結果を記録するProxy Monitorによると、マイクロソフトに対するアルジュナ・キャピタルの株主提案は21%の賛成比率に留まり、否決された。しかし、アルジュナ・キャピタルはこの問題について引き続き企業側に働きかけを続ける意向だ。
政府は積極関与、投資家も企業に働きかけ
生成AIに対して、さまざまなステークホルダーが懸念を深める理由は多岐にわたる。自律的に意思決定を行うAIが、人類が対処できないような問題を引き起こすリスクや、 個人情報が不正に利用される可能性、AIによる業務自動化加速・雇用環境の変化など、生活に直結する影響が多く考えられる。
米国のバイデン政権は2023年10月にAIの安全性に関する新基準を盛り込んだ大統領令を公表した。AIの商業活用が急速に浸透していることに伴い、民間に自主的に求めていたリスク管理について、政府も関与を深める方針を示したのだ。具体的な内容として、AIが生成したコンテンツについては、その旨を明示する認証の仕組みを作ることや、AIが労働市場に与える影響について報告書をまとめる方針などがまとめられた。
投資家の働きかけも本格化した。2023年10月、米国最大の労働団体である労働総同盟・産別会議(AFL-CIO)系のファンドはアップル[AAPL]、コムキャスト[CMCSA]、ウォルト・ディズニー[DIS]、ネットフリックス[NFLX]、ワーナー・ブラザース・ディスカバリー[WBD]等に対してAIの倫理的な導入に関するガイドラインを包括的に要求する株主提案を出すと発表した。
当局も投資家の懸念を尊重、株主提案は「除外」されず
収益機会としてAIの活用を推し進めたい企業としては、できるだけ株主からの干渉に制約を受けずスピード感を持って事業運営したいという狙いもあるだろう。アップルとウォルト・ディズニーはAFL-CIOから受けた株主提案について、米国証券取引委員会(SEC)に対して株主総会の決議事項から除外することを求めた。しかし、2024年1月、SECは2社の要求を退け、除外することは認められないと通達したという。
米国の投資情報サイトThe Activist Investors・創設者のMichael R. Levin(マイケル・R・レビン)氏はプラットフォームサービスTroopの取材に対して「AIは我々の知らないところで制御不能になる可能性のあるテクノロジーだ」と警鐘を鳴らすと同時に「取締役会の仕事は、経営陣がAIを使い始めようとする時に多くのおせっかいな質問をすることになるだろう」と期待を込めている。
株主擁護団体As You Sow創設者のAndrew Behar(アンドリュー・ベハー)氏も「(ソーシャルメディアが)AIを使って、特に青少年における中毒的な行動を生み出す手助けをすることは問題であり、企業にとって非常にリスキーな行為だ」と語っている。AIに関するリスクを適切に管理できていないと投資家に判断されることを避けるために、企業の経営陣も水面下で株主との対話に応じていると聞く。AIに関する株主提案に直面した企業の株主総会の多くは2-5月に開催予定だ。企業が保有する技術とリスクについて、多くの株主が固唾をのんで動向に注目している。