◆三題噺とは、寄席でお客から三つのお題をもらい、その場で作る即興の落語である。今年小欄で取り上げた話題を振り返ると、宝くじについて書いたものがあった。私事で恐縮だが酒を断った話も書いた。「宝くじ」「断酒」「大晦日」とくれば落語の「芝浜」である。

◆大金を拾って浮かれ、どんちゃん騒ぎをした挙句に眠り込んでしまった魚屋、目が覚めると実は夢だったと女房に言われ、心を入れ替え懸命に働く。数年後の大晦日、お金を拾ったのは本当だったと女房が告白するが、おかげで真人間に立ち直ることができたと魚屋は女房に感謝する。ずっと断っていた酒を今夜くらいはいいでしょう、と勧められ口元に運ぶが、ぴたっと手を止めて、「いや、やめておこう。また夢になるといけねえ」

◆浜で大金を拾うのが宝くじに当たるようなものだが、いくつかある「芝浜」のバージョンのひとつには拾った財布に富くじの大当たりが入っていたというのもある。昔、水谷豊が熱血教師を演じて高視聴率を博した「熱中時代」というテレビドラマでも、宝くじが当たったことで堕落していく家庭の問題が描かれたことがある。そのドラマで水谷豊は「芝浜」を教室で演じてみせた。

◆今年、もっとも話題になった経済書はピケティの「21世紀の資本」。小欄でも度々取り上げた。ピケティの主張を簡単に言うと、相続などで手に入る資本が産む利益が、汗水たらして働いて得る利益を上回る、その結果、格差が広がるというものだ。

◆芝浜の主人公の魚屋は、拾った金(不労所得)よりも自ら汗して働いて得た金(労働所得)の尊さを知ったのだ。金銭的にはピケティの分析が正しいのだろう。しかし、「心の満足度」というものを加味したリターンでは、資本の収益率(不労所得)が労働の対価としての国民所得の伸びを常に上回るとは言えないのではないか。それをデータで示すことができれば、間違いなくノーベル経済学賞ものである。

◆今年の予想を振り返ったテレビ番組で、「今年は何が起きるかわからない展開でした。想定外のことがあまりにも多過ぎましたよね」とキャスターがいう。せっかく助け舟を出してくれたというのに、僕はこう返した。「毎年のことです」。相場は、想定通りにいくことなんて滅多にない。2割も想定通りにいけば上出来。残りの8割は想定外だろう。僕らはそういう不確実性のなかで生きている。不確実な世の中で、ひとつだけ確かなことがある。時間は前に進む。決して後戻りすることはない。芝浜の魚屋にこう言おう。その心がけがあれば大丈夫、また夢になることはない。

◆泣いても笑っても、年は暮れていく。

大晦日さだめなき世の定(さだめ)かな(井原西鶴)

今年一年「新潮流」をお読みいただきまして誠にありがとうございました。来年もご愛読のほどよろしくお願い申し上げます。どうぞ良いお年をお迎えください。

マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆