◆作家・村上龍は「質問を考えるのは、簡単ではない」と言う。そしてこんなエピソードを紹介している。ある大学で、もっとも人気のある教授の授業は、いきなり「はい、質問は?」から始まる。学生たちに質問がないと、「じゃあ、ここまで」と教授は途中で帰ってしまう。学生たちは、前日までに教科書を読み込み、質問を考えて授業に臨むことになる。一年間で、その教授が受け持つ学生たちの成績は格段に上がるらしい。このエピソードを引いた後で、作家は「当たり前のことだが、質問は、何を知りたいのかを自ら把握し、そして正確に、相手に伝える必要がある」と述べる。

◆いったい何を知りたかったのか?と首を傾げる。日銀の黒田東彦総裁が参院予算委員会に出席するため金融政策決定会合を中座する異例の事態が起きた。前代未聞のこと ‐ と思ったら前例があった。1998年9月に当時の速水優総裁が衆院金融安定化特別委員会に出席するため、政策決定会合を中座したことがある。

◆当時の日本は金融危機の直後だったという事情があるが、今回は民主党の某議員が黒田総裁に出席を求め、「追加緩和の可能性や円安の影響など8問を聞き、15分程度を費やした」と新聞報道にある。ここで僕は思う。その議員はいったい何を知りたかったのかと。考えてもみるがいい。金融政策決定会合を中座させて国会に呼び出した日銀総裁に、追加緩和の可能性について質問したところで、その場で総裁が「意味のある」返答をできるとでも思ったのだろうか。

◆その後の報道では、予算委の日程が決定会合と重なることが分かり与野党間で日程を再調整したが、結局7日で折り合った、とある。だったら、黒田総裁を召喚するのをやめればよかっただけのことである。何が何でもこのタイミングで聞かねばならぬ8問15分の質問だったとは到底思えない。

◆イエレンFRB議長がFOMCを中座する。ドラギ総裁がECB理事会を中座する ‐ そんなことがイメージできるだろうか?それに匹敵することを日銀総裁にさせたのだ。世界の金融関係者が見ている前で。同じ日の国会では、相も変わらず女性閣僚への不適切発言が問題となった。これについて、菅官房長官は「国会の品位をおとしめる発言であり、許されるべきではない」と批判した。国会の品位をおとしめるのは、何もこの発言だけではない。まあ、今に始まったことではないが。そう結ばざるを得ないところが、非常に悲しい。

マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆