米国でエスカレートする「反ESG」運動

米国国内では2022年から事業活動にESG(環境・社会・ガバナンス)を取り入れる企業や投資家に対抗する「反ESG」運動が激化している。ESG投資推進派は近年、気候変動対策の急速な実行や多様性のある企業職場の実現を訴えかけてきた。しかし、そのような価値観に反発するグループや政治家がESG投資を行う事業者を強く批判し、その動きは立法手続きにまで及ぶようになった。

米ABCニュースによると、2023年4月25日時点で米国の9州でESGに関心の高い投資家や企業との取引を阻止するいわゆる「反ESG法」が可決されたという。その内容は、化石燃料や銃器産業など、ESGに関する方針を持つ企業、年金基金、保険会社や資産運用会社と各州が取り交わす契約や取引は特定の企業への「不当なボイコット」とみなされ、認められないというもの。法案が可決された州では年金基金が大手金融機関から資金を引き上げたのだ。

この動きは反ESGメッセージを打ち出す豊富な資金余力や繋がりを有する団体や反ESG法案を推進する共和党議員に主導されている。その中でひときわ存在感を放つのが保守派の団体「フェデラリスト・ソサエティ」の会長を務めるレナード・レオ氏と非営利団体のコンシューマーズ・リサーチだ。

コンシューマーズ・リサーチは、ESG投資や責任投資を推進する金融業界の事業者や関係者に対するネガティブキャンペーンや後ろ向きな内容のデジタル広告の配信を行っている。「民主主義とメディアのためのセンター」がまとめた資料などによると、コンシューマーズ・リサーチはレオ氏が経営するコンサルタント会社CRCアドバイザーズに対し、このような「広報活動」への支援として100万ドル近い支援を行っているという。

批判の矛先はESG投資の旗振り役となっている世界最大の資産運用会社であるブラックロックのラリー・フィンクCEOにも向いた。ウォール・ストリート・ジャーナルは2023年2月、コンシューマーズ・リサーチがフィンクCEOへの否定的な見方をまとめた whoislarryfink.com (ラリー・フィンク氏とは何者か)と題したウェブサイトを作成したと報じた。

「反ESG」、株主提案にエスカレートする事例も急増

米国でESG投資・責任投資に関わる関係者の頭を悩ませるようになった反ESGだが、この動きは米国企業への株主提案としてエスカレートする事例も増加している。ISS Corporate Solutions(以下ISSCS)の調べによると、2023年の1月から5月までに米国のラッセル3000企業に提出された反ESGに関する株主提案は2022年の43件を上回る74件にのぼるという。

株主提案の主な提案主には、全米公共政策研究センター(NCPPR)や全米法律・政策センター(NLPC)など保守系シンクタンクなどだ。提案内容の内訳を整理すると、提案の数としてはESGのS(社会)、特に人権や多様性、政治に関する分野が目立つ。

米中の政治的な対立を背景に、NLPCはアップル(AAPL)やボーイング(BA)、マクドナルド(MCD)やスターバックス(SBUX)等のグローバル企業に対して「中国との関係性について開示」することを求める内容の株主提案を提出している。ただし、アップルに提出された議案は4.39%、スターバックスに提出された議案は4.5%の賛成比率に終わっている。

気候変動の分野では、石油大手のシェブロン(CVX)が個人投資家から取締役会に「脱炭素に関するリスク委員会」を設けることを求める株主提案を受けた。この議案は一見、ESGを推進する議案のようにも見えるが、むしろその逆だ。

この提案の提案主は、環境分野のアクティビスト株主が主張する時間軸での脱炭素化が必要であるという主張は十分に検証されていないとの議論を展開した。それだけでなく、気候変動に関する市場環境の変化から企業に大幅な減損をもたらす「座礁資産」リスクの計算も「不要」になる可能性を指摘した。しかし、シェブロンに提出されたこの株主提案は1.6%の賛成比率で否決された。ISSCSによると、反ESGに関する株主提案の賛成比率の中央値は3%とかなり低水準で、企業や投資家から幅広く受け入れられるケースが出ることは当面は考えづらい。

それでも反ESGが恐れられているのは、機関投資家がESGを支持しない勢力に配慮することを余儀なくされることで行動を制限されているからだろう。大手石油会社のシェブロンやエクソン・モービル(XOM)に対して環境NGOや機関投資家から提出された株主提案の賛成比率は2022年比で低水準にとどまっている。6月1日付の英紙フィナンシャル・タイムズの記事では「共和党が機関投資家の投票を批判する米国で気候変動対策に関する投資家のサポートは勢いを失っている」と報じられている。

米大統領選に向けて反ESGの流れが加速する可能性

もちろん、このような状況を受けてESG投資推進派の投資家や金融機関も黙っているわけではない。E&Eニュースによると、ダボス会議に出席したブラックロックのフィンクCEOは、反ESGの州が同社から約40億ドルの資金を引き上げたことも認めつつも「昨年の資金純流入額は約4000億ドルで、そのうち2300億ドルは大手化石燃料会社2社を抱える米国からのものだった。脱炭素化に向けた視点がなければ、欧州では1ユーロのビジネスも獲得できないだろう」と語っている。

ESG推進派の団体として知られるCeresも「Freedom to Invest (投資を行う自由)」と名付けたウェブサイトを開設し、ESG投資や責任投資の自由な実践を望む主要な投資家の声を紹介している。米国を代表する年金基金のCalSTRS(カリフォルニア州教職員退職年金基金)で投資ディレクターを務めるクリスティ・ジェンキンソン氏は同ウェブサイトで「気候変動による市場の混乱が蔓延するリスクを無視し、低炭素経済への移行における投資機会を無視するよう求めることは、(責任投資に関わる)我々の仕事をやめるよう求めているようなものです」とのメッセージを発している。

実際、米国では反ESG運動による弊害が表面化しているという指摘もある。株主擁護団体のAsYouSowやCeresが取りまとめた調査によると、化石燃料への投資拒否を行う金融機関に、州やその関連機関との取引を禁じる内容の法律が制定されたテキサス州の納税者には5億3200万ドル分もの追加的な金利支払いの負担が強いられることになるという。

米国を二分するこの議論の行方についてはさまざまな見方がある。法律事務所・シンプソン・サッチャーの所属弁護士らが示した見解によると、2024 年の米国大統領選挙が近づくにつれて、EU発の ESGの枠組みの拡大に対抗するためにより多くの州が反ESG州法を提案または採用する流れが加速する可能性が高いという。

日本企業も対応苦慮

反ESGの動きは日本企業の「脱炭素」を巡る意思決定にも暗い影を落としている。5月下旬には日本の損保大手3社の東京海上ホールディングス(8766)やMS&ADインシュアランスグループホールディングス(8725)、SOMPOホールディングス(8630)がNZIA(ネットゼロ保険同盟)から離脱したことが明らかになった。この意思決定には、脱炭素に向けた保険会社各社の活動が、独禁法に抵触する可能性を指摘する内容の文書が米共和党系州の司法長官らによって送られたことも影響した可能性がある。

欧州諸国と米国の株主総会シーズンは5月いっぱいでひと段落し、これから日本企業の株主総会シーズンが本格化する。日本でESG投資の価値を揺るがせないために私たちに必要なことは、脱炭素やジェンダー平等、企業のガバナンス強化といった基軸テーマの重要性について株主総会の場で株主が改めて確認することかもしれない。