令和4年度(2022年度)の税制改正で、住民税における退職所得の取り扱いが明確になりました。退職所得については原則として申告不要ですが、住民税の申告をしなければ本来受けられるはずの控除が受けられなくなるケースがあります。
退職所得は所得税と住民税で取り扱いが異なる
退職所得は勤務先が所得税と住民税の計算から納税まで済ませることになっています。原則として改めて申告する必要はありません。
しかし、例えば、退職した年の給与所得から扶養控除や医療費控除を引ききれない場合、その引ききれない金額を退職所得から差し引いて退職所得から天引きされていた所得税の還付を受けることができます。
また、退職後に起業して事業を始めたとします。事業はどうしても赤字が先行しがちです。退職した年に生じた事業所得の赤字と退職所得は、所得税で通算することも可能です。
ところが、これは所得税だけの取り扱いです。住民税は退職所得から扶養控除等の所得控除も差し引けませんし、他の赤字の所得と損益通算もできません。退職所得から住民税が天引きされると、課税関係が終了します。
給与所得者の所得税と住民税の関係
多くの給与所得者は勤務先が行う年末調整で所得税が確定し、その年末調整の結果が市町村へ送付されて住民税も確定します。
所得税と住民税は税率や控除額に違いはありますが、計算構造や控除項目そのものは同じです。ですから給与収入や配偶者の有無、扶養親族の人数、社会保険料等の情報が年末調整の結果として勤務先から市町村へ情報提供されることで、住民税は正しく算出されるのです。
ほとんど知られてなかった住民税の退職所得の取り扱い
ところが、所得税では受けられなかった配偶者控除や配偶者特別控除等が、住民税では適用できるケースもあるのです。しかも、その適用を受けるためには別途住民税の申告をしなければなりません。このようなことは退職所得を受けた時に発生します。これは配偶者控除・配偶者特別控除だけではなく、扶養控除、寡婦控除・ひとり親控除等の人的控除に影響するケースがあります。
例えば、配偶者控除や配偶者特別控除は夫の合計所得金額が1000万円を超えると、妻の所得の大小にかかわらず、妻を配偶者控除等の対象とすることができません。この「合計所得金額」とは給与所得や事業所得、譲渡所得などすべての所得の合計額です。所得税では合計所得金額に退職所得が含まれますので、退職金を受給した年の夫の合計所得金額が1000万円を超えると妻を配偶者控除等の対象とすることはできません。
しかし住民税には「合計所得金額」に退職所得が含まれません。住民税は本来、前年の所得をもとに1年遅れで課税されます(前年所得課税)が、退職所得だけは、退職時に住民税が天引きされ、そこで課税関係を完全に終わらせます(現年分離課税)。そのため住民税は退職所得を「合計所得金額」に含めません。
つまり、給与所得者であった夫の合計所得金額が、退職所得を含むと1000万円超、退職所得を含まなければ1000万円以下という場合、所得税では配偶者控除等は受けられない一方、住民税では控除を受けられるということになります。このような場合、別途住民税の申告をしなければ、住民税の配偶者控除等の適用を受けられないのです。
他にもある!住民税の申告をすれば有利なケース
ひとり親控除とはひとりで子を扶養している人で、合計所得金額が500万円以下の年に適用を受けられる所得控除の1つです。扶養している「子」の年齢に制限はありません。
例として、妻に先立たれた(あるいは離婚した)60歳の男性が、30歳の家事手伝いの長女(所得無し)と同居しているケースを挙げます。その男性が退職した年、退職所得を含めた合計所得金額が500万円超、退職所得を含めなければ500万円以下という場合、所得税ではひとり親控除の対象となりませんが、住民税ではひとり親控除の適用を受けられます。
逆に扶養される側の人に退職所得があった時も同様の考え方となります。扶養控除の対象となる扶養親族とは合計所得金額が48万円以下の親族です。
例えば、長男と同居している父が60歳で退職したとしましょう。退職年の父の給与収入は103万円以下の場合、所得金額は48万円以下となりますが、退職金を受け取ったことで合計所得金額が48万円を超えるとします。この場合、所得税では父は長男の扶養控除の対象の扶養親族にはなれません。しかしその退職所得を除いた父の合計所得金額が48万円以下となる場合、長男が別途、住民税の申告をすることによって父が扶養親族となり、住民税の扶養控除を受けられます。
その他、退職金を受けたのが妻の場合も同様のことが言えます。妻の合計所得金額が退職所得を含めると133万円超、退職所得を含めなければ133万円以下の場合、所得税では夫の配偶者控除や配偶者特別控除の対象になりませんが、住民税では申告をすることにより控除対象となるのです (夫の合計所得金額が1000万円以下の場合)。
これまで多くの場合は見過ごされてきた
これらの取り扱いはほとんど知られておらず、令和4年度税制改正により浮き彫りになったのです。公的年金等の所得を計算する際には、公的年金の収入金額から概算経費として公的年金等控除額を差し引きますが、この公的年金等控除額は合計所得金額の大小により異なります。令和4年度改正により、住民税の公的年金の所得計算上は、合計所得金額に退職所得を含めないとされ、「住民税における扶養控除や配偶者控除等の判定時の合計所得金額と取り扱いを統一する」ということになったのです。
このことから、実は以前から所得税と住民税では「退職所得が合計所得金額に含まれるかどうか」が異なっていた、「該当する人は扶養控除や配偶者控除等を受けるために別途、住民税の申告が必要であった」ということが分かったのです。
令和5年分以後、控除の適用漏れの防止策が開始
令和5年分(2023年分)以後は、これらの控除の適用漏れを防ぐために一定の措置がとられます。給与所得者は生計を一にする扶養親族や配偶者の情報を「扶養控除等申告書」で勤務先に伝えることになっています。ただ現在は、退職所得を含めた合計所得金額が48万円を超える生計一の親族がいる場合、所得税における扶養控除の対象とならないため、「給与所得者の扶養控除等申告書」にその親族の名前は書けません。
それが令和5年分以後は、退職所得を受ける扶養親族や配偶者がいる場合、給与所得者は「扶養控除等申告書」や「給与所得者の配偶者控除等申告書」などにその扶養親族や配偶者の氏名等を明記することとなります。ただし、具体的な書き方は現時点(6月15日執筆時点)ではまだ決まっていません。
これは所得税の確定申告で控除を受ける場合も同様です。所得税の確定申告書の第二表の「住民税に関する事項」の欄に記載することとなるようです。令和4年分以後の所得を令和5年以後に確定申告するものから適用が始まります。
ただし、これら控除の適用漏れ防止策は「扶養すべき親族や配偶者に退職所得がある」ために、控除の対象から外れるというケースに対応できるだけです。納税者本人の合計所得金額が退職所得を除くことで1000万円以下となり配偶者控除等の適用を受けられる場合や、納税者本人の合計所得金額が退職所得を除けば500万円以下となりひとり親控除を受けられる場合などには対応できません。これらの場合はやはり令和5年以後も別途住民税の申告が必要となります。
このような状況を踏まえ、ご自身や配偶者、扶養親族に退職所得が生じた年の住民税に疑問点や不明点があれば、市町村にお問い合わせください。市町村ごとに申告の仕方が異なるようですので、その点も合わせて確認した方が良いでしょう。