今回のセミナーでは、エモリー代替投資センターの事務局長兼共同創設者で、オルタナティブ投資業界のグローバルリーダーであるクラース・P・バックス氏にインタビューを行いました。バックス氏はオルタナティブ投資業界で認められたオピニオンリーダーで、受賞歴もあり、魅力あふれる精力的な語り口で知られています。今回は、日本でも注目度が高まっている「特別買収目的会社(SPAC)」についてお聞きしました。(SPACの概要については、こちらの記事を参照ください)
岡元:バックス教授は、以前、日本語を勉強して、実際に日本の銀行でもお仕事をされていたことがあるそうですね。当時、日本語を勉強しようと思ったきっかけと、経験したカルチャーショックを教えてください。
バックス:私は1990年代半ばに、日本語と日本のビジネスを学ぶために学生として来日しました。新しい文化の中に身を置くことが好きで、日本を選び、日本の後は香港に少し住んでいました。 日本では富士銀行(現:みずほ銀行)で働きました。その時に少しだけ日本語を覚えたので、こうやって日本の皆さんと接する機会ができて本当に嬉しいです。
当時、私は社員寮に住むという初めての経験をしてカルチャーショックを受けましたが、今となっては良い思い出です。そこで日本人の同僚たちと素晴らしい友情を築きましたし。本社の同じフロアでは、私が唯一の「ガイジン(外国人)」でした。私はプロジェクト・ファイナンスの担当者として、主に液化天然ガス会社と航空会社のクライアントに対し、海外の相手先との交渉をサポートしていました。
個人投資家がSPACに投資する際の2つの魅力
岡元:では早速、教授のご専門であるSPAC(特別買収目的会社)についてお伺いしたいと思います。SPACの魅力は何でしょうか。他の上場企業と比較した場合、SPACへの投資のメリットはどのようなものだと考えられますか。
SPACの魅力は、元本が100%保護されること
バックス:SPACの一番の魅力は、元本が100%保護される唯一の金融商品であることだと思います。通常、株式に投資すると、利益を得るチャンスがある一方で、損失を被る場合もあります。
SPACは通常1株10ドルで発行され、これが株式取引の下限となります。これは非常にユニークで、投資家にとって魅力的な特徴だと思います。つまり、株式のダウンサイド・プロテクションがあるということです。
株式を償還して元の投資資金を取り戻すことができる
バックス:2つ目は、ダウンサイド・プロテクションと同様に、株式を償還して元の投資資金を取り戻すことができるということです。つまり、投資家はSPACを1株10ドルで投資することができ、事業を買収するまでの間、1株10ドルで企業に買い取らせることができるのです。繰り返しになりますが、これは非常にユニークな特徴であり、この仕組みが現金の代替品を探している多くの投資家に人気がある点だと思います。
日本でもそうですが、米国も超低金利が続いている状況です。そこで、多くの投資家はSPACを現金の代替品として捉え、現金のリターンを高めようとSPAC投資を行なっています。
うまくいけば、SPACは優れた経営陣による質の高い事業を買収し、その結果株価が上昇することになります。つまり、最初に投資した1株10ドルよりも高いリターンが得られるというオプションがあるということです。SPACの事業買収がうまくいってもいかなくても、最悪10ドルで現金化する機会があるからです。このような非常にユニークなリスク・リターン・プロファイルがあるため、個人投資家にとっても非常に魅力的な金融商品となっています。
企業がSPACを活用して上場する2つのメリット
岡元:では、企業側から見て、SPACを利用して株式公開するメリットは何でしょうか。
IPOプロセスの短縮化
バックス:企業にとっては、2つの大きなメリットがあると思います。1つは上場するスピードです。従来のIPO(新規上場)プロセスでは、引受基準が非常に厳しく、引受完了するまでにかなりの時間を要します。対照的にSPACでは、非常に短期間で株式を公開することができます。半年から1年で、公開のための手続きを完了することが可能です。
従来のIPOでは上場できなかった企業に上場機会が得られる
バックス:企業にとっての2つ目の大きなメリットは、従来のIPOプロセスでは公開できなかった多くの企業が、SPACで公開できることです。従来のIPOプロセスでは、株式の発行は1回しかありませんでしたが、SPACでは、2回の発行があります。つまり、1回目はSPAC自体の株式を上場するときで、2回目はSPACとして買収する対象の事業を見つけた段階で生じることになります。
必ずしも従来のIPOプロセスと同じではありませんが、PIPE(上場企業の私募増資)のように、取引を支援する投資家や、取引を引き受ける他の投資家がいます。これがSPACの行っている取引です。
このような通常の上場と異なる仕組みにより、従来のIPOでは上場が難しかった高成長企業や歴史の浅い企業が上場できるようになりました。
市場で人気のSPACのテーマ
バックス:私は2017年にSPACの上場に携わっていました。当時、SPACを行った企業には、高成長企業もありました。一方でバリューベースの企業で、資本構造に問題があり、SPACを行うことで資本増強が可能になる企業もありました。これらは、私が「ディープ・バリュー・プレイ」と呼んでいる企業です。
当時と比べて今は市場も変わってきました。当時は、ディープ・バリュー・プレイと成長機会を狙った案件が並存しており、資金が会社の資本増強に使われるシナリオもあれば、一方で成長を促進するために使われるシナリオもありました。
現在の市場では、ディープ・バリュー・プレイのリキャピタリゼーション(資本再構築)はほとんどなくなりました。つまり、95%の取引はすべて成長ストーリー、成長取引になったのです。
市場を賑わせているSPACのテーマでは電気自動車、宇宙関連、宇宙ベンチャーが人気です。
岡元:確かに。英ヴァージン・グループ傘下の宇宙旅行企業ヴァージン・ギャラクティック・ホールディングス(SPCE)、自動運転技術のルミナー・テクノロジーズ(LAZR)などもSPACと合併して公開企業となっていますね。
では、電気自動車や宇宙関連の企業が上場したいと考えた場合、SPACの上場スキームではどのくらいの期間で上場できるのでしょうか。
バックス:SPAC上場にかかる時間は、最初から事業買収を行うまで、早くて6ヶ月ほどです。平均的には、完全な取引に至るまで1年以上かかるでしょう。
IPOで問題になるのは、宇宙関連企業のように、売上はあっても利益が出ていなかったり、EBITDAがわずかな企業です。SPACであればこのような企業が将来、大きく成長するだろうと期待して上場できるのです。そして、そのような成長ストーリーに期待を寄せ、投資する層がいるのです。このようにして、従来のIPOでの公開が難しい企業が上場できるようになっている訳です。
SPAC市場がこれほどまでに成長した理由の1つは、他の方法では資本市場にアクセスできない歴史の浅い成長企業に、SPACが資本市場へのアクセスを提供しているからだと思います。
SPACによって、これまでベンチャーキャピタルやその他の民間の資金源から資金を調達していた企業が、従来の引受プロセスでは決して実現しなかった方法で、株式市場へアクセスできるようになりました。
しかし、この点について1つ注意しておきたいことがあります。2021年4月にSEC(米国証券取引委員会)はSPACが買収しようとする企業が行う将来の事業予想の多くが過度に楽観的であることに神経質になっており、新しいガイドラインを提示しました。SECはこれらの企業に対し、それらの成長予測に関連して、引受業務をより厳密に行うよう求めています。
SPACが米国の技術発展に貢献している理由とは
岡元:資金調達を容易にするSPACの存在は、米国での新しい技術の発展にどのように貢献しているとお考えですか。
バックス氏:信じられないほど素晴らしい資金源になってきていると思います。先ほど申し上げたように、成長企業の過去を振り返ってみますと、株式市場で一般の投資家はグーグルや初期のテスラのような企業に投資をすることはできませんでした。一部の企業は、創業者の自己資金によって設立されましたが、ほとんどの場合ベンチャーキャピタルやその他の民間の資金提供者によって設立され、その企業の初期段階から株式を公開するまでの間の資金の提供を行っています。そして、一般の投資家や個人投資家は株式市場に上場してからやっとそうした企業に投資できるようになったのです。
SPACのお陰で現在、個人投資家の皆さんは、このような企業にいち早く投資するチャンスができました。通常であれば資金調達に苦労するような初期段階のテクノロジー開発へ資金が投入されるようになり、高コストでの資金調達をせずに済むようになりました。
このようにして市場全体が、また特に、注目されている分野の企業が成長を促進することができるようになったのです。つまり、様々な分野で多くのSPACが存在し、それらはすべてSPACに注入された資本によって支えられていると思います。
このところ多くの人がSPACに注目していますが、実際には、プライベート・エクイティやベンチャーキャピタル、その他の資金調達の方法と比べて、SPACはまだ始まったばかりの、非常に規模が小さい業界と言えるでしょう。注目されていると同時に、素晴らしいスタート段階にいると思います。
>> >>特別インタビュー【2】SPAC上場の成功事例と良いSPACを見極める4つのポイント
本インタビューは2021年5月27日に実施しました。