この原稿を執筆したのは5月11日の夕方ですが、この日の東京マーケットでは、日経平均株価が900円以上大きく下落しました。その原因となったのが、インフレ懸念から米国の金利が上昇したことで、ハイテク株を中心に米国株が売られたことです。東京市場でも金利に敏感なハイテク株が下落して、全体の株価を押し下げました。

金融政策を引き締めに転じる国が増えている

米国でもインフレ懸念は広がっているものの、金融政策の変更にまでは至っていません。しかし世界経済の回復期待の中で、金融緩和から金融引き締めに政策をシフトさせる国が増えています。特に、通貨安とインフレが顕在化している新興国にその傾向が目立ちます。

例えば、ブラジル中央銀行は、3月に5年半ぶりの政策金利の引き上げを行い、5月にさらに利上げを実施しました。ロシアもブラジル同様3月、4月下旬と2回にわたり金融引き締めを行っています。

また、元々インフレになりやすい経済構造を持っているこれらの新興国だけではなく、先進国でも金融引き締めに転じる動きが出てきました。

カナダの中央銀行は既に量的緩和の縮小に踏み出しました。その連想から、米国の連邦準備理事会(FRB)も量的緩和の縮小に乗り出すのではないかとの見方が市場に広がっています。

米国の金融政策が世界の株価に大きく影響する

世界の金利に大きな影響を与えるのは、何と言ってもやはり米国です。

その米国の5年国債と物価連動債から計算された、5年のブレーク・イーブン・インフレ率(インフレ期待率)が3%近くまで上昇しています。

これは、顕在化したインフレ率ではなく、市場のインフレ懸念を反映した数字です。実際に想定通りのインフレが顕在化すれば、米国も引き締めに転じるのではないかという思惑が高まっています。

日本の金融政策は周回遅れ 

このような海外での金融政策転換の動きとは対照的に、日本では、日銀が引き続き追加の金融緩和の可能性を残すような慎重な金融政策を継続しています。

もし米国で金融引き締めが実際に始まったとしても、日本がすぐに追随するとは考えにくい状況です。とすれば、日米金利差拡大から、為替はドル高円安になる可能性が高まります。

ただし、日本国内で物価上昇が起こらず、米国で想定以上の高いインフレ率が顕在化すれば、金利差によるドル買い要因よりも、インフレ率の悪化を嫌気した資金がインフレ率の低い円に流れ、逆に円高に振れる可能性も出てきます。

それにしても、なぜ日本はインフレになりにくいのでしょうか。これに関して日銀の黒田総裁は、日本の消費者には物価に対して「粘着的で適合的な期待形成」があると説明しています。経済合理性では説明できない行動経済学的な理由があると考えているのです。

世界の中央銀行がインフレ警戒感を強める中、日銀がそれとは対照的な金融政策を模索しているのは不思議です。個人的には、世界的なインフレ懸念が更に高まったとしても、日本の金融政策が緩和から引き締めに転換するには、まだかなりの時間がかかると考えています。

日本が危惧すべきはインフレよりも財政赤字拡大による長期金利の上昇

インフレ懸念があまりなく金融政策変更の可能性が低い日本と、金融政策の転換が起こりやすい海外の金利動向のかい離は、しばらく続くというのがメインシナリオです。

日本の低金利の継続を終焉させるトリガーとしては、インフレによる金融引き締めよりも財政赤字問題の方が大きいと思われます。

これは国債の需給の悪化を通じて、短期金利よりも長期金利の上昇要因となります。日銀は引き続き市場での長期国債の買い入れを通じて長期金利のイールドカーブ・コントロールを続けようとするでしょうが、国債の発行残高が大きくなり、日銀の保有残高が大きくなればなるほど油断は禁物です。

日本においてはどちらかと言えば、金融政策の引き締めへの転換よりも長期金利の上昇リスクの方が大きいように私には思えます。

いずれにしても、金利とインフレの動きによって、グローバルな株式市場はしばらく神経質な展開になるのではないかと予想します。インフレ懸念の低い日本株もその影響を受けることになるでしょう。