前回の記事では三井不動産(8801)が代表的なJ-REITである日本ビルファンド(NBF、8951)に自社物件を売却したことを説明しました。三井不動産が売却した物件は2つ、新宿三井ビルディング(1700億円)と東京駅近隣のグラントウキョウサウスタワーの一部(470億円)です。新宿三井ビルはNBFのポートフォリオの10%を超える超大型物件で、取得価額ベースでそれに次ぐ六本木ティーキューブ(628億円)、NBF大崎ビル(666億円)を大きく上回ります。
新宿三井ビルは新宿エリアの代表的な物件ですが、1974年竣工で築46年と年季の入ったビルです。NBFのポートフォリオの平均築年数は2020年6月期末で19.7年ですので、新宿三井ビルの取得によりポートフォリオの平均築年数は伸びます。
高まるリスクの懸念
地域を代表するような物件の魅力はあるのかも知れませんが、「あえて何故この時期に取得すべきなのだろうか」と疑問に思われます。と言うのも、NBFの直近決算の現況認識では、テレワークの浸透もあり、東京のビジネス地区のオフィス空室率は2月の1.49%が7月には2.77%と上昇しており、今後リスクは上がっていくのではないかと見ているからです。
実際に、NBFの投資口価格も2月の高値896,000円が直近で600,000円を割るような状況です。NBFは2020年8月にも三井不動産から約400億円の物件取得を発表しており、今回の物件と合わせるとこの3ヶ月ほどの間に2500億円超の物件取得を決めたということになります。今回の取得後のNBFのポートフォリオは取得ベースで約1.4兆円です。上場以来20年を数える最古のJ-REITが、もともとのポートフォリオの20%相当の物件の取得を一気に進めたということになります。
日本経済新聞の記事によれば三井不動産は「都心部の再開発などで保有物件が増え、一部を現金化して運用効率を高める」とのことで、「2020年6月末の有形固定資産の総額(連結)は3兆7237億円と、この5年で36%増加していた」そうです。三井不動産は今後も東京駅八重洲口エリアの再開発や海外での不動産開発など大きな資金需要のある開発案件が控えており、マーケットのリスクが高まる中で、売却を進めたいという考えがあるのかも知れません。
J-REITにおけるスポンサーの存在
J-REITは不動産会社がスポンサーになっており、日本ビルファンドは設立以来、三井不動産がスポンサーを務めています。スポンサーは直接の責任を持つわけではないですが、J-REITの信用力に一定の影響をもたらしています。J-REITの物件調達やテナント開拓・不動産管理などで協力関係にあることも多く見られます。また、J-REITの投資方針などを決めたり、運用会社に出資している場合が多く、人的な関係も少なくありません。NBFの場合、運用会社の株式の46%を三井不動産が出資しています。運用会社にもJ-REIT自体にも三井不動産の出身者が役員になっています。一方、三井不動産はJ-REITであるNBFの投資口を3.4%しか保有していません。
つまり、三井不動産はNBFの意思決定に強い影響力を持つ一方、NBFの運用成績の影響はその意思決定への影響力に対して限定的なのです。このような背景から、スポンサーがスポンサー自体の利益を優先し、J-REIT(つまりJ-REITの投資主)に損失を与えかねないという利益相反リスクがあり、特に景気の悪化時によく指摘されてきました。
もちろん、利益相反に対する対応もとられており、今回のNBFの物件取得の場合もプレスリリースには三井不動産が利害関係人等に該当することから、資産運用会社がNBFの役員会の承認を得ていると記載されています。NBFの役員は三井不動産出身の執行役員の他、弁護士・会計士・不動産鑑定士も役員に入っており、利益相反がないよう牽制されているものと思われます。
また、スポンサーの存在はJ-REITの支えになっています。信用度の高いスポンサーが存在するJ-REITは3月の急落局面でも相対的に安定しており、NBFも安定していました。直近でもNBFは資金の借り換えを2019年と変わらない金利水準で行っており、10年で0.4%など低利での借り入れを継続しています。
なお残る疑問点
ただ、やはりこの不透明な状況下で20%近くもポートフォリオを大きくすることが投資主の利益に適うのかについては疑問が残るでしょう。NBFは今回の物件取得と増資を経て、「2021年6月期には2020年6月期に比べ3.1%、一口あたりの分配金が増加し、8月に発表した3物件取得と合わせた5物件の取得が取得前に比べ、10%程度保有物件からの収益を増やす」という説明をしています。一方、「なぜこの物件なのか」、「なぜこのタイミングなのか」という説明を明確にされていないように思えます。
J-REITは主要な投資主に各種年金や投資信託、さらには日本銀行までが含まれる、日本の資本市場・不動産市場の重要なプレイヤーだと思います。NBFや三井不動産が、20年で大きく拡大したこの市場の立役者であると言っても過言ではないでしょう。それだけに、J-REITには行動が投資主の利益に適っていることを率先して示していただきたいと思います。直近、不動産市場が大きく変動していることから他のREITにおいて投資主の利益の観点で気になる案件が多く、次回以降もJ-REITの動向をお伝えしていきます。