前回までのおさらい

前回はNTTドコモ(9437)に対して実施されている公開買付を例に、自分の保有銘柄が公開買付の対象銘柄になった際の考え方についてご説明いたしました。ドコモの場合は「取引所での売却」も合理的であるように思えましたが、公開買付とその後の値動きには様々なケースがあります。

特に覚えておいていただきたいのは、「公開買付の条件は良い方に変更されることがありうる」「公開買付は一定の申込期間があり、その間であれば応募を取消しできる」「取引所で一旦売却すると、後戻りできない」ということです。

公開買付条件(買付上限と下限)により、必ず応募した株を買ってもらえるとは限らないものの、公開買付期間中は「取引所での売却」と「公開買付への応募」の両にらみが可能です。慌てて取引所で売却する必要はありません。

今回からは他の公開買付の事例も見ていきましょう。

キリン堂HDの公開買付の動き

まず、9月10日に発表されたキリン堂ホールディングス(3194)の公開買付です。キリン堂はマネジメント・バイアウト(MBO)という現在の経営陣が中心となって、自社株を取得し、その後も経営を行う形式の公開買付が行われています。経営陣に必要な買収資金についてはファンドが提供することが多く、今回はベインキャピタルというMBOの実績豊富なファンドが資金を提供しています。

多くの場合、MBOは経営陣の経営の自由度を増すことが目的とされるため、株式をすべて取得することが多く、上場廃止を企図したものになります。キリン堂の公開買付も上限株数は定められておらず、応募されるすべての株式を買い付けます。

一方、公開買付後に上場廃止が行えるよう、買付数に下限を設定しています。下限を超える株数の応募があれば、関係者の株式と合わせて全株式の2/3に達し、株主総会で上場廃止を目的とした決議が可能になるからです。つまり、今回の公開買付は、「上限は設けられていないものの、下限が設けられた公開買付」ということになります。

発表前日の9月9日夜に共同通信社がキリン堂の公開買付の見通しについて報道していました。この時点では具体的な買付価格は出ていませんでしたが、9月10日朝からキリン堂株に買いが集まり、キリン堂株価は前日2,512円からストップ高の3,015円になりました。そして同日(9月10日)21時に公開買付が正式に発表され、買付価格は3,500円でした。翌9月11日、キリン堂株価は3,500円で寄り付き、一時3,520円に上昇しています。14日には3,585円の高値をつけています。ただ、終値で見ると9月25日までで3,500円から3,520円と、ほぼ公開買付価格の水準で取引がされています。

一方、安値は9月11日と14日に3,490円をつけたものの、他の期間は基本的に3,500円以上です。通常、取引所での株価は公開買付価格より少し安くなります。例えば、キリン堂の場合ですと取引所で3,490円で買い、3,500円の公開買付価格で売却すると、10円は利益が出ますが、取引所での取引手数料のほか、公開買付を実施している証券会社への移管手数料が発生する場合もあります。

また、決済の開始日は11月2日ですので、売却金額が入ってくるのはそれ以降になります。つまり、9月11日に3,490円で買い付けたとしても、2ヶ月程度はそのお金を寝かせることになるのです。3490万円で買い付けた場合で10万円(0.3%程度)の利益ですから、あまり割の良い作業には思えません。

このような事情から株価は公開買付価格よりも安くなるのが普通です。キリン堂の場合は、株価がほぼ公開買付価格を上回っているので、最近再編の進んでいるドラッグストア業界だけによりよい条件が出てくることが期待されているのかもしれません。しかし、高値で3,585円と、期待による買いが特に多いわけでもないので、そのような可能性は高くないと判断されているように見えます。

前回お伝えしたドコモの場合、現時点で、株価は公開買付価格3,900円を一度も上回っていません。これはドコモの場合はNTTの競合が出てくることは少ない(3,900円以上の条件は出てきにくい)と考えられているからでしょう。

一方で、キリン堂の場合は経営陣の競合(たとえば他のドラッグストアチェーン)が出てくる(3,500円以上の条件で公開買付を行うなど)可能性があると考えられているということです。なお、9月14日には3,585円をつけたキリン堂株ですが、10月に入ってからの高値は3,510円にとどまっていることから、競合の現れる可能性は少ないという見方が広がってきていると言えるでしょう。

キリン堂の株式を持っていたら、どうするべきか

もし、キリン堂の株式を持っていたら、どうすればいいでしょうか。公開買付が現在の条件で成立するとすれば、公開買付で3,500円で買われるか、その後の上場廃止の過程で自身の株式が強制的に買い取られることになります。

強制的に買い付けられる場合、通常は公開買付と同額の3,500円です。そうすると、取引所で3,500円以上で売れるのであれば、より高く売却できますし、より早く現金化ができますので、それが良いと考えることもできます。首尾よく3,585円で売却していれば、100株でも公開買付価格より8,500円も高く売れたわけです。

一方、公開買付期間は10月26日までですので、公開買付代理人の野村證券へ株式を移す時間を考えても10月中旬(マネックス証券の場合、10月16日までに移管書類が届く必要があります)までであれば、3,500円で売却できる機会が確保されていると考えて良さそうです。他の買付者が現れないか、念のためにそれまでは様子を見るというのも1つの考え方です。

そこで、次回は様子を見ることで得につながった例をご紹介します。