新型コロナウイルスの激震地は中国から欧州、そして米国に移りつつある。4月2日時点で米国での感染者数は約25万人と世界で最も多く、死亡者数は6,000人超とイタリア、スペインに次いで3番目に多くなっている。今回は同ウイルスが11月に予定されている米大統領選に与える影響について考えたい。

民主党予備選挙の遅れ:長期化は民主党結束にネガティブな影響

米大統領選は現在、共和、民主両党共に候補者を選出する予備選挙(代議員の争奪戦)の真最中だが、注目される民主党は3月17日を最後に予備選挙が実施できていない。24日に予定されていたジョージア含め、14州と1地域(3月30日時点)が実施の延期を決めたからだ。
その影響で、元々4州1地域のみの予備選挙が行われるだけだった6月2日に、ペンシルバニアなどの比較的代議員数が多い州が加わり、全代議員の17%超を争う、ミニスーパーチューズデーの様相となっている。

またカリフォルニアに次ぐ大票田のニューヨーク州が6月23日に予備選挙を延期したことで、予備選挙終了時期が6月6日から23日と2週間以上後ろ倒しとなった。したがって、同ウイルス感染拡大により、民主党予備選挙の期間が長くなっており、後半に重要な州が固まり始めている(図表1)。

【図表1】民主党予備選挙の日程と各候補者の獲得代議員数
出所:ニューヨークタイムズ紙などより丸紅経済研究所作成(2020年3月30日時点)

現時点でバイデン前副大統領がサンダース上院議員を代議員数で約300人上回っており、残りの予備選挙で形勢が逆転することは難しい。しかし予備選挙の期間が長くなるほど、サンダース氏が逆転する可能性が相対的に高くなる。

バイデン氏次男のウクライナのエネルギー開発企業を巡る疑惑などで新たな醜聞などが出てくれば、形勢逆転となる可能性もある。前回の米大統領選を見れば、投票日直前までどのようなネガティブニュースが飛び交うか、予想がつかない。

他方、新型コロナウイルス感染がさらに拡大した場合、民主党本部が緊急対応として残りの予備選挙を中止し、早々にバイデン氏の指名を決めてしまう可能性もある。そもそも民主党規則では、予備選挙は遅くとも6月9日までに実施する必要があり、それ以降に延期を決めたルイジアナ、ニューヨーク、ケンタッキー州の代議員はカウントされない可能性も既に指摘されている。

元々民主党本部はバイデン氏の指名を期待しており、バイデン氏の指名が確実視されているなか、そのような決定が行われる可能性も否定できない。そうなった場合、サンダース氏支持者の不満が高まり、本選挙で民主党票がバイデン氏に集まらない懸念が高まる。予備選挙の長期化は民主党内の結束を固めるには、ネガティブな影響を与えるだろう。

争点の限定:危機対応能力が最大の争点か

新型コロナウイルスの感染拡大は、多くの人にとって最も重要である、命と仕事に直接脅威を与えている。最新世論調査によれば、66%の回答者が同ウイルスは米国人口全体の健康に主要な脅威になっていると答え、33%の回答者が自身、もしくは家族が同ウイルスにより失職もしくは給与、労働時間が削減されたと答えている。米国での同ウイルスの感染拡大は、早ければ6月にも抑制傾向に向かう可能性があるも、その後の経済回復も含め、米大統領としての危機対応能力が問われる選挙になるのは間違いない。

こうした中、現職としてのトランプ米大統領の危機対応の評価は、現時点では高くも低くもない。同ウイルスの感染拡大という危機が発生しているが、支持率は決して落ちておらず、逆に上昇傾向すら見て取れる。ピュー・リサーチ・センターの世論調査では米大統領支持率が45%と、同社調査ではこれまでで最も高い支持率となった(これまでは就任初期の44%)。反トランプ色が強いCNNの世論調査でも47%と支持率が上昇している。ただこれらの調査では、トランプ米大統領が、米疾病予防センターや州政府と比べて決して評価されている訳ではないこともみえてくる。

トランプ米政権は1月末という比較的早いタイミングで中国からの外国人入国禁止措置をとったが、その時点でもトランプ米大統領は同ウイルスの影響を軽視する発言を行っていた。3月に入り米国での感染拡大が急速に広まり、慌てて緊急事態宣言を発表したものの、事前の危機察知が甘かったとの批判は免れない。それでもほぼ毎日記者会見を行い、大規模な経済対策や行政措置をリードしている様子を頻繁にみれば、危機に対応するリーダーとして自然に演出されているのかもしれない。

一方のバイデン氏は、選挙戦公式ページのトップに、同ウイルス対策を急きょ掲載し、2008年のリーマンショック、2009年のH1N1インフルエンザ、2014年のエボラ出血熱などの危機対応の実績を誇示している。そしてトランプ米大統領の初期の同ウイルスの軽視などを批判するも、トランプ米大統領が毎日記者会見を行っている今、メディアなどでの露出度は決して高くない。

また、トランプ米大統領はH1N1インフルエンザでは約12,000人が死亡したとして、当時の対応は不味かったと支持者に訴えている。米副大統領の実績だけで、バイデン氏の危機対応能力が真に試されたとは言い難く、トランプ米大統領の対応の不味さが露呈した際に、「妥当な代替」(plausible alternative)として評価されることになるだろう。懸念すべきことは、今回の選挙で危機対応能力が主要な争点となり、平時の外交や通商政策が軽視され、今後4年間の米国の姿勢がさらに見えにくくなることだ。

コラム執筆:阿部 賢介/丸紅株式会社 丸紅経済研究所