株主至上主義は変わるのか

今年最大の注目を集めている政治イベントは、ほぼ間違いなく米大統領選挙なのではないでしょうか。現職のトランプ米大統領が再選するにしても、民主党候補が勝利するにしても、株式市場や債券市場、外為市場などに広範かつ大きなインパクトを与える可能性があります。

米中貿易紛争の帰趨や、中東政策など争点は多岐にわたりますが、実は隠れた争点として、「資本主義をどう考えるか」というものがあることには、意外と注意が向けられていないように思われます。

もちろん、民主党予備選候補者のウォーレン上院議員などが法人税アップや富裕層課税等を主張しているということはよく報道されています。その背景には、かの有名なマネタリストであったミルトン・フリードマン以来、米国企業の経営スタイルを支配してきた株主至上主義という1つの資本主義パラダイムからの決別が急務だという危機感が隠れています。

【図表1】各候補の主張一覧
出所:筆者作成

米国の資本主義の変遷

米国企業の経営の特徴として、徹底したバランスシート効率の追求、換言すれば株主資本に対するリターンの追求という性格が非常に色濃く存在してきたのは周知の通りです。しかし一方で、実は米国は最初から株主至上主義経営が主流であったかというと、歴史を振り返ると必ずしもそうではないようです。

株主至上主義では、経営者はプリンシパルである株主から経営を委任されているエージェントに過ぎないとされます。また、その経営者をモニタリングするにあたっては、株主利益の向上という恣意性を排除した指標が用いられました。そこには、経営成績に結びつく判断を指標により客観化することでエージェントの横暴を許さない、という発想がありました。

それ以前の米国では、まずは家族的経営から近代的なガバナンスの効いた企業経営へと変化するフェーズにありました。当時は、まだ株主利益というコントロール手段の論議にまでは進んでこなかったのです。

【図表2】米国の資本主義の変遷
出所:筆者作成

ステークホルダー資本主義の考え方

株主利益という物差しを遍く導入していくことで、米国は世界でも類を見ない競争力の高い企業を数多く擁するようになっていきました。

同時に、株主利益という評価基準は、例えば従業員の処遇や、周辺環境への配慮、下請け事業者や部品納入業者といった取引先への過酷な要求等の予防には必ずしも向いておらず、こうしたいわゆる「ステークホルダー」への配慮が必要なのではないか、という見解が近年急速に広まりつつあります。

【図表3】Business Roundtableによる企業の目的についての定義の変化
出所:筆者作成

象徴的だったのは、2019年に米国版経団連にあたるビジネス・ラウンドテーブルの代表を務めるJPモルガン・チェースCEOのジェイミー・ダイモン氏が、企業の使命として明確にステークホルダーへの配慮を挙げたことでしょう。実に20数年ぶりに企業の存在意義に関する同団体の見解を変更したことになります。

米大統領選においても、サンダース上院議員やウォーレン上院議員等のいわゆる民主党左派と呼ばれる人々が唱える企業増税という考え方の根本には、格差の拡大や環境問題を悪化させるばかりであった株主至上主義への反省があります。さらにその主張には、ステークホルダー全体の調和の取れた発展こそが長い目で見た経済成長に資するのだ、というステークホルダー資本主義の考え方が存在することには注意が必要でしょう。

各候補が思い描く資本主義のあり方に注目

もっとも、今のところ、誰も次の資本主義の形について明確なビジョンを持っているわけではなく、現状、結局は増税等の従来からある議論に終始してしまっています。今後、米大統領選の主な日程が進み、政策論議が深まるにつれて、各候補が思い描く資本主義のあり方がもう少しずつ明確になってくるものと思われます。

この点、資本主義論の大家であるロバート・ライシュ教授は、世界的に消えつつある中間層の復活が資本主義の存続のために必要と説いており、それは翻って富裕層にとってもメリットがあるはずだと述べていることが1つの参考になるかもしれません。

資本主義論は他の政策に比べると注目されにくいですが、企業経営や投資環境にも大きな影響を与えるものであると同時に、当選後の政策の方向性についての示唆も非常に深いため、注目に値するものと考えられます。


コラム執筆:佐野 哲也/丸紅株式会社 経済研究所 アナリスト