アパレル業界の新たなトレンド「ソーシャル(エシカル)」「アスレジャー」

米国におけるアパレル業界の苦境が伝えられて久しい。

直近では、ファストファッションのフォーエバー21が昨年、経営破たんした他、カジュアル衣料大手のギャップ(ティッカー:GPS)は、昨年11月、業績の低迷を受けてCEOの交代を発表した。

また、アバクロンビーアンドフィッチ(ティッカー:ANF)は通期の業績予想を下方修正、アメリカン・イーグル・アウトフィッターズ(ティッカー:AEO)も弱気な業績見通しを受け、昨年12月に急落する場面があった。

ファストファッションは流行を意識した新商品を早い回転で投入することで成長し、カジュアル衣料は低価格で若者を中心に人気を集めてきた。しかし環境に対する配慮や消費者の志向の変化等を読み切ることができず、客離れに歯止めがかからない状況となっている。

さらに、アパレル業界にとって大きな脅威となっているのはアマゾン(ティッカー:AMZN)を始めとしたEコマースである。Eコマースの台頭により、実店舗を持っている伝統的な小売企業は、アパレル分野だけに限らず苦境に喘いでおり、そもそものビジネスモデルが壊れつつあると言えるだろう。

このように、実店舗を抱えるファストファッションやカジュアル衣料の一部企業は成長が低迷しているものの、時代の流れを捉えた新たな試みを行うアパレル企業においては高い成長を実現している企業も見られる。

例えば、売れ残ったブランド品等を買い取り、正規価格や卸売価格から割引した価格で販売するオフプライスチェーンのティージェイエックス・カンパニーズ(ティッカー:TJX)は大幅値引きによる売り切りが目的のため、Eコマースとは競合しない分野である。

また、スティッチ・フィックス(ティッカー:SFIX)は、データとAIを組み合わせて顧客のスタイルや好みに合う洋服を選んでくれるマッチングスタイリングEコマースで新たな市場を創り出している。

既存のビジネスモデルとは異なるサービスを展開している企業が誕生する中、アパレル業界を取り巻くトレンドも大きく変わってきている。大きなトレンドとなっているのは「ソーシャル(エシカル)」と「アスレジャー」の2つであろう。

商品の回転を早め低価格で買い替えを促すファストファッションについては、以前より洋服の大量破棄が指摘されており、社会問題となっている。

実は、アパレル・ファッション産業は石油業界に次いで2番目に環境汚染を生み出している産業だ。

循環型経済への移行を働きかけるエレン・マッカーサー財団によると、アパレル・ファッション産業の年間の温室効果ガスの排出量は12憶トンにものぼる。ファストファッションの台頭により2000年から2014年のわずか15年間で、洋服の生産量は倍増。15年前と比較すると、一人当たりの服の平均購入量は60%増加したが、購入後の所有期間は半減したという。大量生産と消費が加速することで、生産過程での温室効果ガスの排出や水の汚染が深刻化し、捨てられていく服により繊維廃棄物も増え、環境への負荷が進んでいる。

このような状況に、環境や資源を守り、無責任な大量生産と消費をやめようという動きが世界で広まり、ファストファッションならぬ、「スローファッション」の人気が広がっている。スローファッションとは質の良い服を長く着るという概念の元、地球環境や労働環境に配慮したファッションのことだ。

(出所:BUSINESS INSIDER JAPAN 2019年2月7日「ファストファッションが環境汚染を加速。ミレニアル世代は脱プラスチックブランドを支持」

2つ目の「アスレジャー」はアスレチックとレジャーを組み合わせた造語で、機能的なスポーツウエアをタウン着に取り入れたファッションスタイルのことである。

ナイキ(ティッカー:NKE)、ルルレモン・アスレティカ(ティッカー:LULU)、スケッチャーズUSA(ティッカー:SKX)、アンダー・アーマー(ティッカー:UAA)、アーバン・アウトフィッターズ(ティッカー:URBN)等が関連の銘柄として挙げられる。

市場調査会社のグランドビューリサーチによると、世界的なアスレジャーマーケットは2018年で3,000億ドル規模であった(※1)。健康志向の高まりとともに人気が高まりつつある他、近年では職場においてもカジュアルスタイルが浸透してきたこと等、消費者がアスレジャーファッションを取り入れる環境が広がってきている。

アスレジャーの本命、ナイキの強さはどこにあるのか?

なかでもアスレジャーの本命はナイキであろう。ナイキの社名はギリシャ神話の勝利の女神「ニケ(nike)」を英語読みしたものである。まさに勝利の女神がついているかのようにナイキは増収増益を続けている。

ではその強さはどこにあるのか。1つ目はブランド力、そして2つ目は製品のイノベーション、そして3つ目は独自の販売戦略を含めたマーケティングであると考える。これらの観点からそれぞれ探っていきたい。

まずはブランド力である。ナイキと言えば、古くはテニスのジョン・マッケンローやバスケットボールのマイケル・ジョーダン、そしてゴルフのタイガー・ウッズ等、トップアスリートとの関係を築き、ブランド戦略に活用してきた。

1990年代にナイキの社外取締役を務めていた経営コンサルタントの大前研一氏によると、創業者のフィル・ナイト氏がタイガー・ウッズと超高額なスポンサー契約をしたいと提案したとき、社外取締役は皆反対したそうだ。5年契約で4,000万ドル、これは当時のナイキの年間収益の4分の1でリスクが高すぎたからである。

しかしナイト氏は「いま捕まえておかないと、他と契約されてしまう」とウッズとの契約を認めさせたという。1997年4月、ウッズが史上最年少でマスターズの初優勝を遂げたのは、そのやりとりのほんの数ヶ月後だったそうだ(※2)。

世界的なスポーツ人気の高まりと巧みなマーケティング戦略により、ナイキは好業績を継続してきた。

過去10年間に売上高は倍増し、2018年に364億ドルに達しました。

2020年までに売上高500億ドルの目標を掲げています。

なお、ナイキのブランドおよびロゴは2018年時点で推定280億ドルの価値があり、他の米国ファッションブランドを凌駕しています。

(出所:モトリーフールジャパン2019年6月21日 「米国アパレル株の幅広い選択肢に注目」)

世界最大のブランディング会社であるインターブランドが発表した「Best Global Brands 2019」のランキングによると、ナイキはルイ・ヴィトンやシャネルといったラグジュアリーブランドを上回る16位となっており、前年の17位から順位を1つ上げている。

●ベストグローバルブランド2019

 続いて、製品のイノベーションである。今年の箱根駅伝がまさに良い事例になるだろう。ナイキが2017年に販売を開始した「ヴェイパーフライ(VF)」シリーズのランニングシューズである。超軽量ソールに炭素繊維のプレートを埋め込んだ厚底シューズで、クッション性や反発力が高く、疲労感が異なり、アフリカ人のように走れるというものである。

スポーツ報知によると、今回の箱根駅伝に出場した選手210名の85%がそのVFシリーズを着用し、9区間の区間賞獲得者が使用した。各大学の指導者からは「記録に影響しているのは間違いない」という声も相次いだという(※3)。

ナイキはビッグデータとAIを用い開発を進め、タウン用にも同じ靴底を活用した商品を販売している。競技用以上にタウン用はさらに量が売れる。東京オリンピックを控え、スポーツ熱がさらに高まることが想定される日本において、正月の人気コンテンツである箱根駅伝で自社製品を宣伝するのに大成功したのである。

去年11月には手を使わずに靴を履いたり脱いだりできる特許技術を独自に開発する企業に出資した。バリアフリーの観点からの出資だということである。ナイキは既に、障害を持つアスリートの知見やアイデアを取り入れたシューズ「Nike Air Zoom UNVRS」を発売しているが、さらにバリアフリー機能を強化し、今年のオリンピックとパラリンピックでもナイキのシューズを履いた選手たちが活躍するショーケースになるだろう。

そして独自の販売戦略である。昨年11月には今後アマゾンで自社製品の販売を行わないことを表明している。自社のECプラットフォームでの販売拡大が重点戦略となっており、今後はデジタル投資でさらなる差別化を進めて行くという。

ナイキ(ティッカー:NKE)の経営陣は、イノベーションだけでなく、デジタルセールスチャネルへの投資が、成長の加速に貢献していると言及しています。

この投資には、サプライチェーン全体の効率改善策も含まれます。デジタル事業の売上は前年同期比36%増となっており、ナイキの競争優位性の一つとして浮上しています。

2019年第3四半期(2018年12月~2019年2月)のナイキの決算で特筆すべきことは、フットウェア売上高の伸びで、前年同期が2%だったのが、前四半期には13%に加速しました。

フットウェアの年間売上高が240億ドルのナイキにとって、これほどの加速は容易ではありません。この背景にデジタル戦略があります。

ナイキのデジタル戦略は、単にWebサイトを立ち上げることや、ナイキシューズを買うことができるアプリを展開するだけではありません。

同社は、デジタルショッピング体験をライフスタイルとして提案しています。

CEOのマーク・パーカーは、「私たちがカスタマイズされた製品や経験を提供することで、消費者により多くの価値をもたらし、ビジネスを成長させる機会が広がる」と述べています。

(出所:モトリーフールジャパン2019年4月9日「【米国個別株動向】ナイキ、デジタル戦略で競争優位性を強化」)

加えて2018年からは顧客体験を優先させた実験店舗「House of Innovation」を中国の上海と米国のニューヨークで展開している。オンラインとオフラインのプラットフォームを繋ぐ試みとして、オンラインで試着予約した商品が入っているデジタルロッカーがある他、店舗のディスプレイにある商品を購入できる「Nike Shop the Look」、レジをなくし店のどこからでも支払いができる「Nike Instant Checkout」、さらに店舗内の商品の試着をリクエストできる「Nike Instant Scan to Try」機能が備わっているという。

前述したように業績は好調である。2017年以降、売上は増収を続けており、利益も伸びている。

●ナイキの業績

2006年からCEOを務めていたマーク・パーカー氏が今月退任し、後任にはクラウドサービス企業サービスナウ(ティッカー:NOW)のCEOジョン・ドナヒュー氏が就任した。ナイキのさらなるデジタル革新を進めていくという。勝利の女神は微笑み続けてくれるのか、その手腕が問われる。

(※1)参照:Athleisure Market Size, Share _ Industry Trends Report, 2019-2025

(※2)参照:【大前研一のニュース時評】タイガー・ウッズとナイキの「絆」 社外取締役は皆、スポンサー契約に反対していた

(※3)参照:【箱根駅伝】10区間中7区間で新記録誕生…まれにみる高速レースの区間賞一覧 _スポーツ報知

石原順のトレンド5銘柄

ナイキ(ティッカー:NKE)

出所:トレードステーション

ルルレモン・アスレティカ(ティッカー:LULU)

出所:トレードステーション

ティージェイエックス・カンパニーズ(ティッカー:TJX)

出所:トレードステーション

アンダー・アーマー(ティッカー:UAA)

出所:トレードステーション

ギャップ(ティッカー:GPS)

出所:トレードステーション