堅調な米国雇用市場とそれを支える消費マインド
米国の雇用統計(11月)では、非農業部門雇用者数の伸びが市場予想を大幅に上回り、26万6000人の増加と、今年1月以来の大幅な伸びを示した。家計調査に基づく失業率(11月)も3.5%へと低下して、半世紀ぶりの史上最低水準に並んだ。平均時給は、前年同月比で3.1%増加と、これも市場予想の3.0%増加を上回る伸びを示した。
今回の雇用統計(11月)では、全般的に、米国の雇用市場が力強さを維持していることを示したといえる。
米連邦準備制度理事会(FRB)は、前回10月の米連邦公開市場委員会(FOMC)で、雇用市場の引き締まり感が賃金の増加・維持に繋がり、これが個人消費を支えることで、景気の拡大が続く可能性について言及していた。今回の雇用統計の各数値は、この見方を支援するものであるとも言えるだろう。
雇用統計に続いて同日、米ミシガン大学が発表した米消費者マインド指数の12月速報値も、7ヶ月ぶりの水準まで改善した。同指数は今年8月には、米中が相互に課した関税の影響から、約3年ぶりの低水準にまで落ち込んでいたが、その後は4ヶ月連続で上昇し、改善してきたということになる。
この消費者マインドの改善は高所得世帯に集中していることが特徴的で、11月は米国株式相場が市場最高値で推移したことで、資産効果が働いて、消費者の楽観的な見通しを支えたことが指摘された。
国の消費全般にとっては、毎年11~12月の時期は年間で最もボリュームが大きく重要な時期である。11月の雇用市場も引き締まり感が確認でき、消費者のマインドが改善を続けている傾向が示されたことで、景気減速への懸念は和らぐとみられる。
こうした経済統計は、FRBにとっては追い風であろう。FRBは7月から10月までに開催された3回のFOMCで、連続して利下げを実施する決定を下したが、10月FOMCでは当面、金融政策を据え置くことを示唆した。
米中通商協議が、長期化する懸念は根強く、不透明感が払拭されない中ではあるが、米国雇用市場の堅調ぶりとそれが支える消費の好調さを読み取っていたのである。12月10~11日のFOMCでは、FRBが政策金利を据え置く可能性が高まったと市場では受け止めている。
逆イールド解消と反転上昇する債券利回り
米国債市場では、10年債利回りが今年の8月以降、緩やかに上昇する動きを見せている。2018年末には3.0%水準だった10年米国債利回りは、今年8月には1.50%割れまで低下(価格は上昇)した。
市場では、米国経済の失速懸念が先行し、FRBによる金融緩和を先んじて織り込み、利回りが大幅かつ急ピッチで低下してきたのである。利回り曲線も、今年3月以降は、2年から5年の中期債利回りが、1年未満の短期金利を大きく下回って低下する「逆イールド」の状態が続いてきた。
その後、10月までの3度にわたるFRBの利下げ(金融緩和)を受けて、10年米国債利回りは上昇に転じた。イールドカーブも、ほぼフラット(平ら)な形状に回帰している。
この理由は、立て続けての金融緩和による景気下支えの効果に加え、米国経済が消費主導により底堅い推移を見せていることが大きい。このイールドカーブの形状の変化と債券利回りの反転上昇は、市場のマインドが変化し始めていることを示唆していると筆者は考えている。
今年の前半には、米国経済の腰折れ・失速を懸念し続けてきた市場が、米国消費動向の堅調さによる経済の自律的な好循環の持続と、FRBによる金融緩和の効果、加えて米中双方の政治的な思惑が主導する妥協の結果としての経済成長下支えへの動きを嗅ぎ取り、スタンスを変え始めているのではないだろうか?
もちろん、ユーロ圏経済の厳しい状況が続いていること、英国のEU離脱シナリオが判然としないこと、中東での地政学的なリスクの高まりなど、不透明な要素は依然としてあり、楽観的にはなりきれない。それでもなお米国株価が史上最高値圏に張り付いていることは、市場が相場の潮流の変化を嗅ぎ取っていることを示しているのではないだろうか。
債券のみならず、質への逃避先として資金を集めてきた金相場も価格下落に転じていることにも留意すべきであろう。
トランプ米大統領の対中政策は優先度低下か
ただ、政治は別物であることも確かである。特に、トランプ米大統領は、たびたび相場に驚きを与えてきた。米国の雇用市場が堅調で、経済が成長ペースを維持していることは、トランプ米大統領の政策のプライオリティに変化を与えかねないという指摘も出てきている。
米中通商協議が今年、幾度も滞り、米中両国は関税合戦を繰り広げたが、それにも関わらず米国雇用市場が安定感すら感じさせる推移をしていることは、トランプ米大統領が中国との通商協議で変に妥協し丸く収める必要性を低下させるとの見方である。
11月は、政策の最重要ポイントを経済成長の維持に置き、米中通商交渉で部分的であれ合意形成することを両国とも優先するという見方も出てきた。
トランプ米大統領は、雇用統計の発表を受けて、米国経済が健全に成長を続けていることに言及し、トランプ政権が展開してきた政策の成果を強調すると同時に、まだ中国との合意文書に調印する用意はできていないと述べた。
クドロー米国家経済会議(NEC)委員長も、米中通商協議に任意の期限は設けていないが、米中協議については「建設的に協議しており、ほぼ毎日話し合っている。われわれは合意に近い」とコメントした。
一方で、対中追加関税の発動期日である12月15日に関しては、非常に重要だが、「これは完全にトランプ米大統領次第」で、中国との「交渉に満足しなければ、関税引き上げをためらわないだろう」と述べた。
市場の一部には、12月15日の追加関税発動の可能性を懸念する声は根強い。ここ数日は、米中通商協議の成否を巡って、様々な情報が流れてくるであろう。本来なら閑散期になる年末相場とは、しばらく雰囲気が異なる動きがあるだろう。年末までも、トランプ米大統領に振り回されることになろうとは。