「マスクを禁止すればデモを抑制できる」の思惑

香港政府は、10月4日、「緊急状況規則条例」として、デモの参加時にマスクの着用を禁止する「覆面禁止法」を発表し、10月5日0時から発効した。違反した場合は最高1年の懲役または2万5000香港ドル(約34万円)以下の罰金が課せられる。

逃亡犯条例改正案に反対することで始まった政府への抗議活動は、既に4ヶ月に及んでおり、一部では先鋭化した集団による過激な破壊行為も繰り返されている。香港政府としては、こうした破壊活動を抑え込むためとしている。

しかし、緊急状況規則条例は、そもそも英国による香港統治の時代に制定されたものであり、1997年のいわゆる香港返還後は、一度も発動されたことがなかった。野党や反対派の指導者たちは、香港政府がこうした措置をとっても対立の図式が際立つだけで、市民の怒りの火に油を注ぐことになると反発している。

大多数の参加者は、デモに参加して政府に反対の声を上げる一方で、参加したことにより不利益を被ることを懸念して、匿名性を維持するためにマスクを着用している。しかし、マスクをつけることを禁止すればデモを抑制できるという考えは、やや浅はかではないだろうか。

逮捕者が急増、火炎瓶投下など過激化も

そもそも、香港にはデモに参加する自由があるが、破壊行為は法治国家である以上許されないことである。政府がそうした破壊活動を行っている一部の過激な行動をとる者たちを抑制したいという意図なのであれば、そうした行動を取り締まることのほうが重要ではないだろうか。

もちろん、香港警察も取り締まりは行っているが、抗議活動を理由に逮捕者が急増しており、それに対応するための人員が不足しているという事情はあるようだ。一部メディアは、香港政府が現在48時間とされている逮捕勾留期間の延長を検討していると伝えた。

10月4日夜には大規模な抗議活動が発生し、一部では行動が過激化して、火炎瓶を投げつけたり、小売店舗や公共物にスプレー塗料を噴射したり、鉄道(MTR)施設や中国系の金融機関等に破壊行為を行ったりした。このため10月5日には鉄道の運行が停止となったり、一部スーパーが休業したりし、市民生活に支障があった。ただ、香港は5日から7日まで連休だったため、金融市場は開いていない。

林鄭月娥(りんてい げつが)行政長官は対話を呼びかけ、市民との集会にも出席するなど、歩み寄りの姿勢も見せていた。しかし、今回の覆面禁止法を緊急状況規則条例という古いルールを引っ張り出してきて、議会にも諮らず実施してしまうという姿勢では、香港市民の反発は一層大きくなるだろう。

裁判所への提訴も含めて様々な反応が出てきており、香港情勢は一段と厳しい局面を迎えたと言わざるを得ない。

「香港行政長官は辞任が最善」とマレーシア首相

歴代の香港行政長官は、行政を執行するだけで政治的な動きは全くできず、まさに行政官だと筆者は感じてきたが、今回の逃亡犯条例改正案の提案を引き金とした一連の混乱は、それが根本的な原因だろう。行政長官には、民主的な感覚を持って市民に向き合う政治家としてのセンスがない。

おりしも、アジアを代表する政治家でもあるマレーシアのマハティール首相は10月4日、林鄭月娥行政長官について「良心では香港市民による逃亡犯条例改正案の拒否は正しいことだと感じ」ていながら、後手後手に回った対応をするというジレンマを抱えているとして、「辞任するのが最善だ」とコメントしたという。

市民生活には大きな支障とまで言えるものはなかったが、混乱が長引けば経済のハブとして国際的な地位を築いてきた香港の地盤沈下にも繋がり、雇用が失われるなど、市民の生活にも影響が出かねない。

観光・ホテル・飲食といった業界には既に大きな影響が出てきているなど、一部の経済活動は停滞し始めている。落とし所の見えないまま、香港政府が繰り出す一連の対応には非常に遺憾である。