国民党分裂選挙は回避へ

2020年1月に実施される台湾総統選へ出馬を検討していた、鴻海(ホンハイ)精密工業の前会長である郭台銘(テリー・ゴウ)氏が、現地時間9月16日に立候補を断念すると発表した。

9月12日に郭氏が最大野党である国民党を離党すると表明した後、9月17日の立候補届出の締め切りを前に、郭氏の去就が注目を集めていた。郭氏の側近が、9月10日に中央選挙委員会を訪れ、選挙登録手続きを確認したことも伝えられており、無所属で総統選に出馬を申請すると見られていた。しかし、一転して郭氏が出馬を見送る声明を出したことで、国民党が事実上分裂する形での選挙は回避されることになった。

郭氏は、台湾Foxconn(フォックスコン)やホンハイ精密工業をつくり上げ、カリスマビジネスマンとしての実績は十分にある。そして面白いことに、国民党の予備選でも、AIによる産業振興や米・日・中との関係をどうするかを踏まえて、産業振興策を立てていくと言及していた。より具体的な政策を打ち出すことができれば、情勢をひっくり返すことができると、郭氏の陣営が考えていても不思議ではない。

国民党は、先の予備選で、韓国瑜(カン・コクユ)・高雄市長を公認候補として擁立することを決定しており、この予備選で、郭氏は韓氏に敗れていた。郭氏はこの国民党予備選の経緯から、党幹部らに対する不満を強めていたようである。

国民党幹部31人は連名で、9月12日付の台湾各紙に広告を掲載して、郭氏に公認候補である韓氏への協力を呼び掛けるなど、たびたび宥和に動いていたが、無駄足に終わったようだ。

郭氏が出馬表明していれば、与党である民主進歩党(民進党)は現職の蔡英文(サイ・エイブン)総統を擁立しており、総統選では異例の三つどもえの争いとなっていた。

ある台湾メディアが公表した最新の世論調査では、蔡英文総統が支持率33.7%でリードしているが、国民党候補の韓国瑜高雄市長が28.9%、郭氏は25.6%で僅差であり、激しい選挙戦が予想されていた。郭氏が出馬を見送りしたものの国民党支持者が団結できるか予断を許さない情勢である。

国民党政権下で台湾の中国化が進むことに懸念

台湾の国民党は、1990年頃から「一中各表(「1つの中国」の原則を堅持するが、その意味はそれぞれが表明する)」を掲げて、中台間の貿易を増大させてきた。これにより経済的には台湾は発展を遂げてきた。

しかし、台湾人の多数は、いつの間にか台湾が中華人民共和国に取り込まれてしまうのではないかと恐れている。なぜなら中国共産党にとって、台湾を統一することは悲願であり、彼らは事あるごとに、台湾に、香港と同様の「一国二制度」を土台に統一しようと呼びかけてきたからである。

台湾と中国との経済的な結びつきが深まれば、自然と取り込まれてしまうことを恐れるのも無理からぬことである。だから、台湾人の多数は、一国二制度の受け入れを拒絶している。

こうしたことから国民党が政権を奪還すると、その後ひっそりと台湾の中国化を進めるのではないかという懸念を台湾人の過半数から拭い去ることは難しいだろう。実際、総統選のたびに、民進党と国民党は僅差で勝敗を決してきた。国民党は2015年の総統選では、民進党に敗北を喫したが、2018年の統一地方選挙では大勝した。

民進党は中国の脅威からどう台湾を守るのか

一方、民進党は理想主義的な傾向があり、政権運営では経験が浅い。現職の蔡英文総統も、信念や人柄に優れているとの評価だが、産業振興や外交では目立った成果を上げていない。なにより、中国の脅威からどう台湾を守るのかについては答えを見出せていないままである。

米中間の通商摩擦が激しくなる中で、米国と台湾は急接近し、香港問題も台湾世論の対中国懸念を深めている。今回の総統選では、台湾の立ち位置をどうするかについての各党の主張は、とても重要な争点になるだろう。

そして、どのように中国からの圧力をやり過ごし、そのリスクをマネージしながら台湾の経済発展や産業振興を推し進めていくのか、台湾の有権者は総統候補の政策に注目している。