香港人口統計から見える香港人像

香港デモの話題は巷に溢れているが、このデモの背景を知るために「香港人」というものをもう少し知ろうと「香港人口統計」最新版2016年を読んでみた。

結構いろいろな発見があり興味を惹かれた上、その調査方法がしっかりと考えられていて多くの非常に優秀な役人による市政が施されていると感心した。内容としては、以下の4カテゴリーに分けた分析が興味深い。

1.全階層をカバーした調査
2.65歳以上のシニア層のみを対象にした調査結果
3.15歳から24歳の若者層のみを対象にした調査結果
4.中国本土から移り住んで7年経過していない中国本土人を対象にした調査

まずは全体像としては2016年時点での人口は730万人、世帯数は230万世帯である。人口規模で言うと大阪府を少し小さくしたような規模感だ。過去コンスタントに1%前後の人口増をみている。男女比はほぼ同じであるが、高齢化が問題となっている香港の65歳以上の対人口比率も30年前に比べて倍の比率である16%となっている。

「命からがら移り住んだのに中国本土に戻すな」の本音

さて、ここで興味深いのが「香港人」の出身地である。シニア層で中国本土、マカオおよび台湾を出身地に持つ方が63%もいる。2006年の10年前は75%。つまり4人に3人は香港以外の出身者であったということだ。

若年層では数値は逆転し香港生まれが75%以上占める。カナダ生まれが1%程度いるのも中国返還の歴史を見ると納得がいく。シニア層は1949年の中華人民共和国誕生まで続いた内戦時代、そして文化大革命の頃に、相当数の人が香港に中国本土から自由と安全を求めて移り住んできたという。

筆者の知り合いもシニアの方は本土出身者が多い。したがって、逃亡犯条例改正案に対して、若者だけでなくシニア層も含めた香港市民の多くが反対しているのは、「命からがら移り住んできたのに本土に戻すなよ!」というのが本音ではないかと思われる。

一方、シニア層でも経済的に成功した香港人の大半は中国本土との取引で成功を収め、巨万の富を築いた方も多い。従って、香港商工会議所などは香港政府支持にいち早く回っている。一国二制度の狭間でビジネス機会を最大限に活かした方がいた一方で、香港に逃げ込むだけで精一杯であった方もいる。香港という街は、なかなか一枚岩でなく複雑に入り組んでいるのがわかる。

2047年までの一国二制度に「頼れるのは自分だけ」

出身地に次いで最終学歴に関しても歴史的背景が読み取れる。1966年から1976年までの中国文化大革命の時、本土の大学は閉鎖されていたから、本土から逃げて香港にこられた方は教育を受ける機会を失っているケースが多い。

その影響か65歳以上の方の大卒率は10%に満たない9.5%。一方の若年層の大卒率は51%と5倍以上になっている。香港人富裕層は、若い時に欧米のトップスクールで博士課程まで学んでいるケースが多くみられ、なんて高学歴だろうといつも感心する。この点について彼らに言わせると、親が本当に教育の大切さをよく理解しており、無理をしてイギリスなどに留学させてくれて親には本当に感謝しているという言葉をよく聞く。

政治的には2047年までという時限性をもった一国二制度の下にある香港の市民感情には「頼れるのは自分だけ」という意識がある。「国には頼らない」「国には頼れない」。だから、高度教育を受けどこでも通じる「自己」をしっかりと築くという意識が働くのでないかと思われる。

そして言語。広東語が標準語であり、中国一般に使われる普通語(北京語に近い)とは異なり、中国本土から来た方と香港人は英語で意思疎通を図っている場合もある。

筆者の在籍する会社では、香港人スタッフは中国本土人スタッフとお互いヒアリングできる「母国語」で会話をしている。第二外国語は、英語に関しては若年層85%の方が話すし、シニア層も70%近くが話す。「最近香港は英語が通じない」と嘆く旅行者が多いがそれは必ずしも正しくなく、英語を話す若年層とシニア層の割合は増えているのだ。

住宅事情に起因する香港市民の不満は大きい

次に市民の所得と住環境をみてみる。平均世帯収入は2万5000香港ドル(35万円程度) 。若年層は1万2000ドル(17万円程度)。シニア層が8,000香港ドル(11万円程度)と決して日本に比べて高くなく、場合によっては低い場合もあるようだ。

「香港人=富裕層」というのは必ずしも一般的な話ではなく、限られた層の方を指すと思われる。実際に友人も、子どもたち全員で親の老後資金を出し合っているようなケースがあると言っている。

何せ確定拠出型年金制度ができたのは2000年のため、大半のシニア層は年金制度とは縁がない。街中で老人が多く働いているのを見かけるが、やはり社会福祉制度が整っていないので、歳をとっても生活のために働かざるを得ないのである。

住環境も全世帯を通じて40~42平米(13坪程度)。1人平均13平米である。山手線内より狭い香港であるが故に贅沢は言えないのだろうが、自家保有率が50%を切り、90%近いシンガポールに後塵を拝しているところをみると、やはり市民の不満が住宅事情に起因しているところは大きいようだ。

逃亡犯条例改正案に揺れる香港だが、北京政府による思想信条、自由の権利の侵害等が言われているが、実はそのような外的要因に加え、今の香港という街の持つ内的要因にそれらは起因していることが国勢調査結果を調べてみると見えてくる。

香港人口統計を見ると、1842年の南京条約に始まる香港島の英国への割譲以降、近代香港の歴史が始まり180年近く時代に翻弄される中で、逞しく生きてきた香港人の姿とそこに内包する様々な問題が浮き彫りになってくる。背景を知るほどに、今回の長引くデモ活動がそう簡単に収束しないと考えさせられる。

振り返って、果たして我が国も少子高齢化が進み年金財源の問題、中間層の消滅と格差社会の広がりなどが話題になることが多いが、この香港という街に学ぶべきところはないのかと自省することしきりである。