デモ隊の先鋭化と警察への不信感

6月から始まった逃亡犯条例改正案に反対する香港のデモは、依然として収束の兆しが見えず、これで3ヶ月にも及ぶものとなってきました。

8月18日には、再び大規模なデモが実施され、参加者は170万人(主催者発表)に達する規模となりました。これは、6月16日に200万人(主催者発表)が参加したとされるデモに次ぐ動員規模でした。

一方で、デモの先鋭化・暴徒化も目立つようになってきており、デモ隊と警察との間での激しい衝突、交通機関の運行混乱や空港占拠による運航停止など、同じデモと言っても、参加者が穏健に、平和的に行進して抗議の姿勢を示すデモとは様子が異なってきています。

過激化したデモに対する香港市民の違和感は大変強いものがあります。地下鉄の運行を止めるデモ隊に対し、職場に向かう人たちが抗議している様が報道されているのを見ると、ともすればデモへの支持低下につながりかねないことが懸念されます。

一方で、取締りを厳しく実施するようになった警察への不信感も強まるばかりです。一般市民に向けて催涙弾や暴力的な連行が行われたことは、香港人のみならず、大変遺憾に思います。

自由や人権という、民主主義の根幹に関わることであり、守らなければいけないものであるとはいえ、香港人同士が対立し、市民の間でも溝が深まっているのは、大変悲しいことです。

そして、8月31日から9月1日にかけて、地下鉄の30あまりの駅事務室や自動改札機などが破壊行為の対象となり、一部区間で運行停止を余儀なくされました。また、中心部と空港を結ぶ鉄道の線路には、鉄パイプや石などが投げ込まれ、取締り中の警察の部隊にも火炎瓶による攻撃が行われたとの報道がありました。

この2日間だけで、160人あまりを武器の不法所持や公務執行妨害の疑いで逮捕したと発表されました。新学期が始まり、学校生活に復帰する学生が増えればデモは落ち着くという説もありましたが、そうした兆しは見えません。

そして、残念なことに、反対派の一部は一線を越え、一般人や旅行客の不利益を顧みない行動に出ています。落とし所の見えないまま、暴力に訴えて公の秩序や治安を脅かす行為が果たして正当化されるのか、疑問に感じる人も増えているのが現状ではないでしょうか。

香港政府は事態収束の糸口をつかめず

一方で、香港政府の動きは鈍いという他ありません。林鄭月娥(りんてい げつが)行政長官は、混乱を解決する策を何も示さないでいます。残念ながら、この態度が、今回の一連の抗議活動を沈静化させ、事態を収束させる糸口を見えなくしています。

会見でも、対話を呼びかけたポーズは採りますが、これだけの世論の批判と要請に耳を傾けたというそぶりは見えません。これでは、反対運動をする人たちが対話の席につくとは思えません。

また、混乱が長期化すれば、経済・金融都市として発展を遂げてきた香港は、大きなダメージを受けることになりかねません。

そんな中、上記の大規模デモを主催した民陣(民間人権陣線)は、中聯弁(中央政府駐香港連絡弁公室)に向けてデモ行進することを警察に申請しましたが、警察はこれを却下しました。また、警察は、これまでのデモを扇動した、または違法な活動に関わったとして、民主派の活動家らを逮捕しました。

活動家らは、起訴された後、裁判所の決定により保釈されましたが、こうした取締りが強化されたことで、民主派勢力は無届けデモでも断固実行する意向を示しています。

香港経済にデモの影響が色濃く出始める

さて、香港の経済面では、影響が色濃く出始めています。香港の域内総生産(GDP)の第2四半期(4~6月)改定値は、前期比0.4%減と速報値の0.3%減から一段と下方修正されました。前年同期比では0.5%の増加でしたが、これも速報値の0.6%増からは下方修正された数字です。

8月30日に発表された7月の小売売上高は前年比11.4%減となりました。これは6ヶ月連続での減少である上に、2016年2月以来の大幅な落ち込みです。「逃亡犯条例」の改正案に反対する抗議デモの激化に伴い、6月中旬以降の消費者心理の冷え込みや観光客の減少が響きました。

特に、小売・飲食などの業種では、「急激な落ち込み」に見舞われています。そして、デモの影響に加えて、米中間の貿易量が関税措置のエスカレートで縮小する見通しが強まる中、貿易のハブである香港にも逆風となることが懸念されます。短期的には香港経済がリセッション(景気後退)に向かっていると言わざるを得ません。

香港政府は、2019年通年での域内成長率の見通しを0.0~1.0%と、従来予想の2.0~3.0%から下方修正しました。

また、香港政府は財政出動を決め、8月半ばに、約191億香港ドル(約2,600億円)規模の景気対策も発表しています。子ども(幼児~高校生まで)1人あたり2,500香港ドル(約33,800円)の子育て支援や、1世帯あたり2,000香港ドル(約27,000円)の電気代補助などを支給し、企業向けでは公的手続きに関わる費用を1年間減免します。

さらに、陳茂波(ポール・チャン)財政長官は、経済の失速状況に備えるべきだと警告、現状への憂慮をあからさまにしています。

香港はこれまで、欧米から見ても、もちろん中国にとっても、安全かつ信頼できる商業ハブであり、中国本土と世界を結ぶ自由貿易港として、ビジネス活動においては、世界でも最も自由でフレンドリーな経済体制を築きあげてきました。

しかし、現在の状況が長引けば、その地位を脅かし、香港の未来にとって大きな痛手となる可能性が懸念されます。

中国も実力行使に出られぬ状況に

さて、香港に関わる当事者として、注目されるのは中国の立ち位置です。8月中頃になって、それまで一切の報道をしていなかった中国メディアが、香港のデモ(デモとは表現していませんが)について、記事を掲載するようになりました。

中国共産党の機関誌「人民日報」系のタブロイド紙、環球時報も、香港は安定と混沌のどちらかを選ばなければならないとの論説を掲載して、警告を発しています。暴力を伴った抗議活動は「テロリズム」であると断じ、デモによる騒乱は西側が裏で糸を引く「カラー革命」だとの非難をあからさまにしました。

中国の国営通信社、新華社通信も、デモ活動を「暴力反対、香港を救おう」集会が開催された、との表現で報道し、中国国内への影響を意識して世論形成に動いているものと見られます。

一部には、そうした報道が、中国による香港救済のための実力行使の準備との見方も出ています。しかし、人民解放軍を派遣して香港の抗議活動を暴力的に抑え込んだ場合、中国は欧米を含む諸国からの猛烈な反発を受けるでしょう。

経済的にも、米中貿易摩擦を抱えて経済的なリスクに直面する中国が、さらに深刻な打撃を被る可能性が高まる行動に出るとは考えにくい状況です。また、中国の拡張的な外交政策に警戒的な周辺諸国は、中国と距離を置き、米国とのより緊密な関係に傾く可能性が高まります。

特に、「統一」を呼びかけられている台湾では、中国に対して防衛的な措置を強化して、米国との協力関係を明確にする政策を採るでしょう。来年1月に予定されている台湾総統選に向けて、世論は中国寄りの政策に耳を傾けなくなり、野党は厳しい戦いを強いられることになります。いずれにしても、中国を利することはありません。

また、中国国内でも、今回の打開策については、共産党内の意見集約すら難しい状況が続いているようです。デモの激化などの場合でも、香港に不用意な介入をするよりは、香港政府による非常事態宣言などを選択して、香港政府による、より強権的な取締りを支持する可能性が高いと考えています。ただ、その場合、長期化の可能性が避けられません。

過去を振り返れば、香港は、アジア通貨危機や新型肺炎SARSの感染拡大による危機、リーマンショックなど、幾たびもの危機を乗り越えてきました。2014年の「雨傘革命」の時も、最終的には経済的なダメージをそれほど引きずりませんでした。

今のところ、金融機関には表立った動きはなく、金融の機能には影響が出ていません。しかし、このまま抗議活動が続けば、外国人投資家や外国企業にとっては、香港への投資意欲を減退させかねません。香港政府には、口先だけの対話を呼びかけるのではなく、危機的な状況に陥る前に、問題の根本的な解決に繋がる判断をするよう期待します。