「香港にずっと住みたいなら香港のために参加しなさい!」

6月15日(土)の午後、刑事事件の容疑者を香港から中国本土へ引き渡せるようにする「逃亡犯条例」改正案を、香港政府は一旦棚上げにすると発表した。しかし、翌16日(日)の朝のニュースでは、この日も廃案に向けてデモ行進は行われると報じていた。

クリーニング屋さんに行ったら、いつものおばちゃんに「あなたは今日のデモに参加しないのか?香港にずっと住みたいなら香港のために参加しなさい!」と一喝された。そうかこれが香港の市民運動パワーの源泉かと思い知らされた。

6月9日に行われたデモの主催者による発表では参加者は103万人、2003年に立法会に提案され最終的には撤回された「国家安全条例」案に反対した50万人抗議デモ以来、最大の規模だったと推定される。

香港の人口は760万人、その内、100万人以上が中国本土や欧米諸国からきた「外国人」であり、成人割合を7割とすると、純粋「香港人」成人は450万人程度だ。従って110万人というと、何と4人に1人の大人がデモに参加したことになる。

完全普通選挙のない香港では、市民にとって納得いかない条例に対して市民運動の形で明確に「NO」を突きつけ、政府の動きを牽制しているのである。

今回のデモが最終的に一部暴徒化したのは残念であるが、一般には平和的デモを展開し、世界中のメディアから注目を浴び、香港市民に対する尊敬と同情を惹きつけるのが基本戦略である。

1840年代には5,000人しかいなかった漁村が、今や760万人が住む国際都市香港になった。アメリカのシンクタンクが発表した「経済自由度指数」によると、香港は25年連続で世界一経済自由度の高い国・地域となっている。

そして、香港は資金調達で世界最大の資本市場にも成長し、世界金融センター指数(GFCI)では、東京を抑え「世界3大金融都市」となった。

「逃亡犯条例」改正案は、その香港の価値を棄損するかもしれないと市民が受け止め、廃案を見据えた抗議行動を起こしているのである。

香港の法改正案が米中貿易経済摩擦にまで波及

ここで香港特別行政区(HKSAR)の憲法ともいわれる香港基本法について簡単に解説する。

政治経済の基本理念として、HKSARは、高い自主独立の立場を維持し、司法の独立性を有すること。そして立法府の構成員は香港永住権を保有している者であること。

社会体制としては、社会主義ではなく資本主義体制を1997年から50年維持すること。英国統治時代に用いられていたコモンローの精神を引き継ぐこと…とある。

従って、香港の制度設計は香港政府に基本委ねられており、自主独立に決めていくものである。事実、今回の一件で林鄭月娥(りんてい げつが)行政長官は「この条例は北京中央政府から言われたものではなく、香港政府が提案したものだ」と繰り返し訴えている。それが逆に「それなら、これだけ市民の反対が強いなら取り下げたらどうか」と言うのが香港市民の偽らざる気持ちであろう。

事が複雑になってきたのは、香港の司法界を始め、在香港の欧米各商工会議所等が、犯罪容疑者を香港から司法制度が十分に整っていないと言われる中国本土に引き渡すのを可能にする「逃亡犯条例」改正案に懸念表明し、特にその急先鋒が在香港米国商工会議所であったことにある。

在香港米国商工会議所のタラ・ジョセフ総裁は元ジャーナリストで舌鋒鋭い。結果的に米国本土の議会まで刺激することになり、米中貿易摩擦の交渉材料に使われるに至っているとのことだ。

しかも、今月末には大阪のG20にて習近平・トランプ対談も設定される予定とのことで、北京政府も神経質にならざるを得ない状況になった。ここまで問題が広がるとは香港政府も想定していなかったのではと思うが、いかにもタイミングが悪かった。つまり香港内の法制度問題が米中貿易摩擦問題にまで波及してきたのだ。

「国際金融都市」香港は簡単には揺るがない

1992年に成立した米国の法律で「香港政策法」をご存知だろうか?これは、香港を中国本土とは異なる地域として定義するもので、これにより、香港は米国の自由貿易の相手先として、貿易及び輸出規制に関する事項、関税やビザなどで中国とは別扱いされるという恩恵を受けている。

同法は、米国の香港に対する基本法であり、香港は現時点でも、いわゆるトランプ関税の適用外である。今回の騒動で、もし同法がキャンセルされると、香港のGDPの15%以上を占める米国輸出も影響を受け、さらには他の欧州諸国も追随する可能性が出てきて経済への影響は無視できない大きさとなる。

またその結果、金融市場における香港ドルの不安定化、株式市場における心理的不安による下げ、不動産価格の下落など、香港経済を根本から揺るがす材料が噴出する懸念が出てきたのである。幸い今は金融システムも証券市場も正常に稼働しているが、取る必要のない経済リスクを取らなくてはいけない状況にオウンゴールしそうなのが今の香港なのだ。

今後の展開は、2014年の雨傘運動のように静かに収束していくのか予断を許さない状況である。今後の政治日程としては、今月末のG20、10月の中華人民共和国建国70周年、来年は台湾総統選挙、そして米国大統領選挙とイベントが続くため、香港政治情勢が流動的であり続けることは十分に予想される。

しかしながら、筆者は、香港は政治都市ではなく、経済都市であると考えている。国際金融都市香港についていえば、短期的には多少影響を受けるが中長期的には揺るがぬものがあると見ている。

「国際金融センター香港というのはナショナルコンセンサス」であり、世界3大金融都市としての地位、さらに言えば資金調達で世界最大ともいえる資本市場香港の地位(2018年はNYSEを抜いて世界ナンバーワン)をそう簡単に中国は手放さないであろうと見ている。

実際アリババは、香港上場申請を先週行っている。とはいえ、当面市場動向についてはしっかりと注視していきたいと思っている。