著者は実業界で中国政府系ファンドの会長も務める

CNNニュースなどで米中貿易摩擦問題が出てこない日はないと思われる折、エコノミストである香港中文大学のLawrence Lau教授が「The China-U.S. Trade War and Future Economic Relations」という本を出版した。

Lau教授は、中国本土で生まれ香港で育ち、1966年(中国文化大革命の始まった年)から米国スタンフォード大学でエコノミストとしてのキャリアをスタートさせた。1976年に同大教授となって以来40年近く同大にて教鞭を取り、2004年に香港中文大学学長に就任している。

さらに、実業界においても中国政府系ファンドのCICインターナショナルの会長も務めている。今般、筆者が現在世話人をしている昼食会にて同教授をお招きし、お話をしていただく機会を得たので、香港Moneyチャット読者の皆様にも同書の内容について簡単にご紹介したいと思う。

全編を貫くメッセージ「貿易戦争に勝者はいない」

同書は3部構成となっており貿易摩擦の歴史背景や事実関係を丁寧に整理した第1部、米中関係は、良きライバルでありパートナーでもあると書き綴る第2部、そして第3部では貿易戦争を超えてという題名で今後のあるべき両国の経済関係について語っている。

全編を貫くメッセージは、貿易戦争に勝者はいないということだ。The Trade war is lose-loseであると説く。

そして主要な論点をいくつかあげると、まず、貿易不均衡の数値を図る際には、中国は世界各国からの部品を輸入して組み立てるアセンブラーの役割なので、輸出量はグロスの数値ではなく、中国が輸入して付加価値をつけた輸出分と考えると40兆円と言われる不均衡分も実態は3分の1以下になること。
また、貿易戦争が両国のGDPに対して与える影響は限定的であり(中国においては1%台前半、米国においてはせいぜい0.3%程度)、実は目くじらを立てるほどのことではない。心理的影響のほうが大きく、その辺が株式市場にもマイナスに働いていること。

中国と米国の両国が意図するところは技術・経済覇権の争いにあるように思えるが、中国の1人当たりGDPは21世紀末にようやく米国に追いつけるかどうかだ。米国にとって中国は脅威にもなりえなく、両国が経済協力するほうが遥かに両国にとってもメリットがあり、それは世界経済にとっても大きなプラスになること。

Lau教授は米中両国の経済を40年間にわたって研究し、また中国政府のアドバイザーを務めた方だけあって、数値に基づく精緻な定量分析の上に定性的な分析も併せており、米中貿易関係を読み解く素晴らしい良書に仕上がっている。

日米貿易摩擦に「経済覇権争い」の意識はなかった

1980年代、日米貿易摩擦が発生し自動車・半導体の輸入規制枠等が議論された。1985年の5ヶ国蔵相会議「プラザ合意」を契機に、1ドル250円台から150円台へまさにジャンプするような大幅な円高になり、その後の金利引き下げによる過剰流動性からバブル経済が生まれた。

それから平成となり「失われた20年間」は昭和世代のサラリーマンである筆者には記憶に新しいものがあるが、当時の日米関係に「日米・経済覇権争い」という意識はあまりなかったように記憶する。

ある米国ジャーナリストが1980年代日米経済摩擦と2020年の米中経済摩擦とは全く次元が違うと書いていたのが印象的であった。曰く「日米貿易交渉では、米国は勝利した。しかし今回のゲームは全く違う。白紙から考えるべき問題である」と書いている。

かような中、Lau教授の論文が書籍として出版された意味は大きいと思う。ぜひ日本の皆さんにも読んでいただきたい。日本のAmazonでも販売しているようである。