米国を騒がすMMT論争
米国の政府債務が約22兆ドルとGDP(2018年暦年の名目GDPは20兆ドル)を超えた。同国の財政懸念がますます高まる中、「現代貨幣理論(MMT: Modern Monetary Theory)」と呼ばれる、政府債務に関する独特の理論が大論争を巻き起こしている。
MMTの中心的な主張の1つは、自国通貨の発行権を持つ国家は債務に対し新たに通貨を発行して返済を行うことができるため、理論上ではデフォルト(債務不履行)のリスクを持たないというものである(図表1)。
主要な提唱者の1人であるケルトン教授(NY州立大)は、2016年アメリカ大統領選挙でサンダース民主党候補の顧問を務めたことで知られる。
近年、民主党で脚光を浴びるオカシオコルテス下院議員が、地球温暖化対策への公共投資などを介して雇用創出や格差是正などを図る「グリーンニューディール」政策の財源議論においてMMTを支持する立場を示したことも、この理論がにわかに注目を集めるきっかけとなった。
しかし、いわゆる主流派の経済学者や金融政策決定者などからはMMTに対して厳しい批判が相次いでいる(図表2)。
2020年の大統領選挙に向けて候補者達の政策議論が熱を帯びる中、政策のボトルネックとなる財政問題に一石を投じるMMTの主張が、どのような帰趨を迎えるのかは注意深く見守る必要がある。
なぜここまで注目されるのか?
現在のMMTにおける基本的な主張が構築されたのは1990年代とされる。では、なぜ20年近く経った今になって注目が集まっているのだろうか。一見すると短期的で独立した現象にも見えるが、MMTが耳目を集める背景には、中長期的な米国社会の動向も含めた様々な要因が存在すると思われる(図表3)。
学術研究の領域では2007年からの世界金融危機により、それまでの主流派経済学が再考を余儀なくされたことが挙げられる。金融危機により主流派経済学への信頼が揺らぐ中で生じた間隙は、MMTのようないわゆる「非主流」の経済学理論への注目を相対的に高めた。
ただ、MMTに関する最近の論文の多くは、Journal of Post Keynesian Economicsなどのインパクトファクターの比較的小さい専門誌への掲載に留まっており、学術研究の分野での最近の進展は極めて限定的である。
これに対して、政治・経済の状況がMMTを押し上げた効果は極めて大きい。直接的な契機は、「グリーンニューディール」政策を掲げる民主党議員らによるMMTの支持発言だが、こうした背景に反エリート、反エスタブリッシュメントやポピュリズムといった共和党のトランプ氏を大統領に押し上げた米国内の大きな潮流が存在することも注目すべきであろう。
MMTの台頭は、主流派経済学や緊縮財政に関する保守的な議論といった既存の「常識」への反発という点で、そうした大きな潮流に乗った動きと言える。
国債金利急騰などの懸念も
以上のように、MMTが台頭した背景をみると、MMTは学術面ではその理論上の整合性や明示されたモデルの不在などの点で大いに疑問符を付けられている。その一方で、足元の政治・経済状況に支えられて一定の支持を受け続ける可能性が高い。
現状、民主共和両党のアメリカ大統領候補者からMMTに対する直接的な評価はあまり聞こえてこない。だが仮にMMTを政策の根拠とする民主党候補者が有力候補となれば、米国の財政懸念が一段と高まり、米国債金利が急騰するなどの影響も考えられる。
コラム執筆:坂本 正樹/丸紅株式会社 丸紅経済研究所