1.白金族バブル?

ここ数年、白金族(※1)と呼ばれる一連の金属の価格に大きな変化が起きています。

中でも需要の80%以上が自動車(主にガソリン車)の排ガス浄化触媒に用いられるパラジウムやロジウム(※2)は近年大幅に価格が上昇し、パラジウムは上場来高値を更新しました。2月20日には史上初めて1,500ドル/トロイオンスを超え、ロジウムも2016年初の価格から4倍を超える水準に達しています。

【図表】ロジウム、パラジウム、白金の価格推移
出所:トムソン・ロイターより丸紅経済研究所作成

背景としては、ディーゼル車の排ガス不正を受けた欧州自動車メーカーのガソリン車へのシフトによるパラジウムおよびロジウムの触媒需要の高まりに加えて、流動性が大きくない市場における投機的な買いの動きが挙げられます。

また、白金やニッケルなどの金属の副産物であるため、供給を急激に増やすことができないという事情もあります。

2.環境の持続可能性への貢献

この動きを、需給とその他の理由による一時的な価格の急騰とみる向きもあるでしょう。しかし筆者には、環境の持続可能性が一層求められる社会と触媒を巡るトレンドの中の動きの1つのように見えて仕方がありません。

触媒とは「自分自身は変化せずに化学反応を促進する」ものです。

排ガス浄化触媒の例でいえば、排ガス中に含まれる毒性の高い一酸化炭素(CO)、酸化窒素(NOx)、炭化水素などをそのまま大気に排出することなく、触媒の働きによって酸化反応および還元反応を促進することで直ちにそれらを二酸化炭素(CO2)、窒素(N2)、水(H2O)とし毒性物質を浄化する働きがあります。

また、火力発電所などから発生する窒素酸化物の除去にはチタン・バナジウム系触媒が用いられており、これも大気汚染の防止に貢献しています。

触媒の働きは、空気をきれいにするだけにとどまりません。現在、カーボンフリーな水素社会(※4)の実現に向け、水素を原料として発電を行う燃料電池(FC)やそれを用いた燃料電池車(FCV)の開発が盛んに行われていますが、FC中の電極で起こる反応を促進するために白金触媒が用いられています。

化石燃料に頼らないエネルギー多様化の観点からは、非可食バイオマスの資源への転換や人工光合成によるエネルギーの生成などが研究されています。ここでも触媒なしにはその実現は不可能です。

また、肥料の原料となるアンモニアは、空気中の窒素と水素を鉄系の触媒を用いて反応させることで製造されています。農業生産に飛躍的発展をもたらしたこの発明がなかったならば、現在の約80億人という世界人口は到底実現できなかったでしょう。

しかし、このプロセスは触媒をもってしても高温・高圧(500℃、200~350気圧)を必要とし、そのエネルギー消費量は全人類の年間消費エネルギーの1%以上に相当するとも言われています。近年、このエネルギー消費を引き下げようと、企業、研究機関によって新たな触媒開発が行われています。

3.社会を変える力

触媒そのものの世界市場は出荷額ベースで見るとおよそGDP比で0.02%程度にすぎません。しかし、製造への関与という観点では世界のGDPのおよそ40%に関与しているという試算(※5)もあり、経済への影響は決して小さいものではありません。

また、環境の持続可能性を追求する動きの中で、それに貢献する触媒の需要や新たな触媒開発の必要性が一層高まって行くことは間違いありません。開発動向や需給によっては、市況や価格構造に大きく影響を与えるものも出てくるでしょう。そればかりか、開発の結果、新たに生まれた触媒やそれを用いたプロセスは、社会そのものを大きく変えてしまう力さえ有するものかもしれません。かつてのアンモニア製造プロセスがそうだったように。

 

(※1)周期表の 8~10 族のうち、鉄族の三元素を除いたルテニウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、イリジウム、白金の六元素の総称。

(※2)パラジウムやロジウムは主にガソリン車向け、同じ白金族の白金は主にディーゼル車向けの排ガス触媒として用いられている。

(※3)白金族について今後の価格見通しは容易ではないが、パラジウムやロジウムの需要は当面底堅いという見通しがある。背景にあるのは2020年以降順次実施される中国の「国6」や欧州「ユーロ6d」と呼ばれる一段と厳格になった自動車の排ガス規制。

(※4)水素を主要なエネルギー源として日常生活や産業活動に利活用する社会のこと。2017年12月、日本政府は世界に先駆けて水素社会を実現するための水素基本戦略を発表した。

(※5)Hutchings et. al. "Modern developments in catalysis", World Scientific (2017)

 

コラム執筆:近内 健/丸紅株式会社 丸紅経済研究所