安倍首相が解散を決め記者会見を開いた翌日、僕はストラテジーレポートで今度の総選挙は、「与党の圧勝」だろう、と述べた。ところがその後、小池都知事の派手な振る舞いとそれを喧伝するマスコミの浮かれ具合もあって、「自民党、計算外の苦戦」「大幅議席減も」「安倍首相、退陣の可能性」などの表現がメディアに踊った。
衆院選は今日、公示され、本格的な選挙戦に突入しているが、改めて僕は「与党の圧勝」という見方を固持したい。
まず、希望の党から出馬する候補には、「希望の党=小池さんの党だから」という理由だけで票が集まるとは思えない。そこまで有権者の意識は低くないだろう。「反・自民」「反・安倍」の受け皿という意味では、立憲民主党と票を分けることになって、野党が一本化できないから与党を利するという、結局、戦前に安倍さんが目論んだ通りの結果になりそうである。
各党の公約も酷いものだが、特に希望の党の公約が滅茶苦茶過ぎるので、自民党の公約がましに見える。なかでも内部留保課税については、連休中にこちらのブログ(Dance with Market)で他にない視座から問題点を指摘しているので、ぜひ参照していただきたい。
希望の党の公約については内部留保課税のほかにも、突っ込みどころ満載だが、いちばんおかしい点を挙げておこう。経済について掲げられた公約の冒頭にはこうある。<金融緩和と財政出動に過度に依存せず、民間の活力を引き出す「ユリノミクス」を断行する>と。しかし、内部留保課税はシンプルに言って増税であり、民間の活力を引き出すどころか民間の経営に打撃を与えるものである。もっとおかしいのは、「財政出動に過度に依存せず」と言っておきながら、「ベーシックインカムを導入する」と公約に掲げていることだ。「ベーシックインカム」とは、収入にかかわらず全国民に一定額のおカネを支給することだから、究極の財政出動である。
僕は50年後くらいには真剣にベーシックインカムを議論しなければならないような事態になる可能性を否定はしない。しかし、現在の我が国の財政、社会保障制度、税制、社会構造、そうした諸条件に鑑みれば、ベーシックインカム導入と軽々に公約に掲げるなど常識的にはあり得ない。それこそ50年の計で国家財政の仕組みを根本から設計し直す必要がある。申し訳ないが、思いつき程度のアイデアで「公約」に掲げられるものでは決してないのである。
僕がここで批判するまでもなく、国民は冷静に判断するだろう。
読売新聞社が7~8日に行った全国世論調査によると、衆院比例選の投票先は、自民党の32%がトップで、衆院解散直後調査(9月28~29日)の34%からほぼ横ばい。希望の党は前回の19%から13%に下がった。
興味深いのは「若者層は保守的」という世論調査の結果だ。毎日新聞が9月に2度実施した世論調査で、20代以下(10代を含む)と30代は、40代以上の高齢層に比べて内閣支持率も自民党支持率も高い傾向を示したという。
毎日新聞が若者の声を載せている。
北海道の男子大学生(19)「自分たちは子供のころから雇用難。安倍政権で景気や雇用が改善し、わざわざ交代させる必要もないと考えているのでは」
大阪市の予備校生(18)「私の祖父母は野党側の考えに近いが、若い世代は安保闘争のような大きな政治運動の経験がない。野党の政策はどこか理想主義的で、現実的な対応をしてくれそうな自民がよく見える」
こうした声を受けて、有権者の政治意識や投票行動を研究する松本正生・埼玉大社会調査研究センター長は「大企業や正社員を中心とする雇用の売り手市場や株高の現状が続いてほしいという願望が、若い世代で強いのだろう」と話す。
「いざなぎ景気」を超える戦後2番目に長い景気拡大。2期連続の最高益更新が見込まれる企業業績。先日発表された日銀短観では、大企業だけでなく中小企業・全産業の業況判断DIは26年ぶりの高さ。パート・アルバイトの賃金は目に見えて上がり、それに比べれば鈍いものの正社員の所定内給与もじりじりと上昇している。そんな現状をあえて変えようとするのは少数派であろう。
無論、こうした状況はアベノミクスが奏功したというより、景気循環による自律的な回復局面が偶々、安倍政権の時期に重なっただけとも言える。
なんだかんだ言っても、現状が「そんなに悪くない」のは確かで、北朝鮮の脅威があるのも確かだ。であるならば、無党派も含めてだが、「現状維持」を選択する層が相対的に多いと考えるのが自然で、選挙という多数決で決めるシステムは「相対的に」多くの票を獲得したものが勝つ。
今年のノーベル経済学賞に決まったシカゴ大のリチャード・セイラー教授の専門は行動ファイナンス。人間の非合理的な心理を経済学に応用する学問だ。行動ファイナンスで特徴的なもののひとつが「現状維持バイアス」だ。
ひとはそれぞれ現状のままでいたいという願望があり、それは現状を変える不利益のほうが、変えたら得られるかもしれない利益よりも大きいと思えるからである。これは、2002年に同じくノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキー(トベルスキーは早逝したため受賞していない)が提唱した「プロスペクト理論」が明示する「損失回避」の非対称性が表出したものであるとセイラー教授は述べている(R・セイラー『市場と感情の経済学』)。
「現状維持バイアス」という言葉は、サミュエルソン=ゼックハウザーによって名づけられたものである。彼らは人間の「現状維持バイアス」について、様々な実証検証をおこなっているが、その結果で非常に興味深いものがある。それは、現状維持の有利性は、「代替案の数が増えるにつれて増大する」というものである。
この点からしても、もしも本気で与党を倒すには、一部の野党が言う通り、野党が一致団結して二大政党制を目指す必要があるのは明らかである。政権選択を国民に迫るなら、代替案(選択肢)を多くすると「現状維持バイアス」に負けるのである。
ましてやいま、経済や社会の状況は「それほど悪くない」と感じているひとが多いだろう。現状が「悪くない」だけに、変えようという気持ちを起こすのは難しい。「もし変えたら今の3倍は良くなる」というくらいの絵が描けなければ現状を変えようとは思わないだろう。ひとはそれぞれ現状のままでいたいという願望があり、現状を変える不利益のほうが、変えたら得られるかもしれない利益よりも大きいと感じる。人間の感覚は損益に対して非対称なのである。
ノーベル賞を受賞した行動ファイアナンスの観点からも、今回の衆院選は与党の勝利に終わるだろう。アベノミクス継続で株高シナリオも不変である。
まあ、そんなことは僕が言わなくても、相場は徐々に織り込みにきている。北朝鮮の朝鮮労働党創建記念日で軍事挑発が警戒された三連休明けの今日、終わってみれば日経平均は6日続伸だ。「終値、連日で年初来高値 15年7月21日以来の高水準」とニュース速報が流れたが、東証株価指数(TOPIX)は、2015年夏のチャイナショックで急落する直前につけた高値を抜いている。「日本株全体」あるいは「東証1部の株価」は、まさにアベノミクス相場開始以来の高値にある。これこそが、これまでのアベノミクスが(少なくとも株価の面においては)プラス材料であり、この先も継続することを市場が期待していることの表れであろう。