国債買い入れは減額なのか

日本銀行は9月30日、当面の国債買い入れオペの運営方針を発表した。イールドカーブ・コントロールを軸とする、いわゆる「量から金利」へ金融緩和策をシフトして初めてということで、市場の注目が高まっていた。

従来とどこがどう変わったのか、日銀の資料を見てみよう。これが前回8月末発表のもの。

そしてこちらが9月末に発表された新しい国債買い入れの運営の概要である。

ひと目見てわかることは、残存期間の刻みが細かくなっている。従来は、「1年以下」「1年超5年以下」「5年超10年以下」「10年超」だった。すなわち、「短期」「中期」「長期」「超長期」に対応する年限だ。今回から中期ゾーンを「1年超3年以下」「3年超5年以下」、超長期ゾーンを「10年超25年以下」「25年超」とふたつに分けている。よりきめ細かくイールドカーブをコントロールしようという意思表示である。

二つ目の変化は、オファー回数と1回当たりオファー金額を掛け合わせた合計の欄が無くなっていることだ。単に紙幅の都合かもしれないが、ぱっと見て量が減っていることを隠したかったのかもしれない。しかし、量が減ってるなんてことは手計算するまでもなくわかることだ。オファーの回数が変わらないのだから。

結論から言えば、超長期は明らかに減額である。購入頻度は月5回程度で据え置いたが、1回当たりオファー額の下限は3000億円から2000億円に、上限も6000億円から4000億円程度に引き下げた(残存10年超合算)。残存5年超10年以下も1回当たりオファー額が2900~5300億円と、従来の3000~6000億円に比べて減額されている。買い入れ方針の公表に先立ち、日銀はこの日午前のオペで残存5年超10年以下のオファー額を従来の4300億円から4100億円に減らした。10月初回のオペも4100億円の予定とされている。

中期ゾーンも下限は若干の減額だが、上限はむしろ拡大している(従来上限1兆円⇒今回1兆800億円)。ここはボリュームゾーンだけに幅をもたせて柔軟に対応するということなのだろう。

この発表を受けた10月1日の日経新聞は、「今回の計画に基づくと国債購入の減額幅は月間で約2000億円、年間では2兆円を超すペースになる見通し。国債買い増しのめどとする年80兆円の2~3%に当たる」と報じている。この計算根拠はよくわからない。初回オペの減額予定を月間で累積したものだろうか。初回に関しては、5年超10年以下が200億円減(×6回=1200億円)、超長期も200億円減(×5回=1000億円)だからだ。

とにかくマスコミ各社の報道は判で押したようにそろって「日銀、国債買い入れ減額」である。上で見た通り、確かに予定金額は減額されているから間違ってはいない。

日経新聞は経済面に追加の解説記事を書いていたが、思わず首をひねる記載があった。

「金利の誘導目標を実現させるため、国債購入額を「市場の動向を踏まえて変更することがある」との注意書きも加えた。足元の金利動向を重視し、購入額の維持には必ずしもこだわらない姿勢を見せたことは金融政策の枠組み変更に伴う大きな変化だ。」

買い入れ金額について「市場の動向を踏まえて弾力的に運営する」との一文は今回から付け加えられたわけではなく、以前からついていた(日経の記者は以前の文書とちゃんと比較したのかしらん)。ただ、これまでは「政策効果の浸透を促すため」としていたのが、今回から「金利操作方針を実現するよう」と目的が変更された。この部分を全文記載するとこうである。

1.買入金額
毎月8~12兆円程度を基本とする。ただし、政策効果の浸透を促すため、市場動向を踏まえて弾力的に運用する。
日本銀行「当面の長期国債買入れの運営について」2016年8月31日

(3)買入金額
毎月8~12兆円程度を基本としつつ、金利操作方針を実現するよう、市場動向を踏まえて弾力的に運用する。
日本銀行「当面の長期国債買入れの運営について」2016年9月30日

細かいことからいうと、8月の発表文では、「買入金額」という項目が一番最初に記載されていた。だから番号が「1.」と付されている。それが今回から「買入金額」は、「買入対象国債」「買入頻度」に次ぐ3番目に落ちた。明らかに「量」はトッププライオリティではなくなったということを示唆する表現である。

そして番号が(3)となっているのは、「1.」の附番は、「1.長期国債の買入れ(利回り・価格入札方式)」に付されているものだからである。さきほど掲載した表にも、 「当面の月間買入予定(利回り・価格入札方式)」と書かれている。

では「2.」は何か。「2.長期国債の買入れ(固定利回り方式)」である。今回から新たに導入する「指値オペ」の分である。そして、指値オペの買入金額は「1回当たりのオファー金額については、市場の動向等に応じて、これを定めて買入れを行う場合と、これを定めず、金額を無制限として買入れを行う場合がある」としている。長期金利が大きく上昇するような場合には、日銀は無制限の国債買入でそれを押さえ込むことを想定しているからであろう。

そして、ここが最も重要な点だが、買入金額については、従来も、そして今回も「毎月8~12兆円程度を基本」と明記されている。ということはざっくり言って、あまり変わらないということではないか。確かに細かく予定表を眺めれば、長期債については金額が減額されているものの、それはあくまでオファー1回当たりの上限下限が下がってるだけで、各年限について月間5~6回行われるオペではトータルの購入実額はなんとでもできる。しかも、これは利回り・価格入札方式についてのみの話であり、もしも国債利回りが大きく変動する際には固定利回り方式でのオペが実施されるかもしれない。こちらの分は金額が未定だから、それも踏まえて従来から行っている利回り・価格入札方式の買入金額を抑えめにしたとも考えられる。

少なくとも、これを見て、テーパリングだなんだと騒ぐのはどう考えても見当違いだろう。さすがにマーケットはそのことを誰よりも理解している。日銀の運営方針発表前1ドル100円台後半だったドル円は、この国債買入の方針が発表されると円安に向かった。先週末、NYのクロージングは1ドル101円30~40銭。週明けの東京時間朝方には101円60銭台まで円安に振れた。国債購入がどれだけ減額されるか、という円買い材料を探していた向きは肩透かしを食った格好だ。

これで少なくとも目先は日銀の政策を緩和縮小と捉える円買い要因は萎むだろう。今週は月初で重要な経済指標が目白押し。内容次第でドルは戻りを試す場面もあるだろう。

ドル円トレンド転換の要所に なかでも注目は全米サプライマネジメント協会が発表する9月のISM景況感指数だ。3日に製造業の、5日に非製造業の景況感指数が発表される。8月の製造業指数は2ヶ月連続の低下となり、好不況の分岐点である50を2月以来6ヶ月ぶりに下回った。非製造業指数も2ヶ月連続の低下となったが下落幅が大きく、市場予測を大きく下回った。水準としては6年半ぶりの低さだった。

9月の相場を振り返るとこの2つのISM景況感指数の下振れで円高の流れが決定づけられたと言っても過言ではない。事実、製造業指数発表直前はドル円は104円をつけていた。それが製造業指数が出た途端に103円10銭台まで急落。市場の反応という意味では非製造業指数のインパクトの方が大きかった。市場予想を大幅に下回るネガティブサプライズで、発表直前の103円半ばから102円ぎりぎりまで、約1円50銭の急落となった。ざっくり言えばISMで104円から102円まで2円ほど円高にもっていかれた感覚だ。

今回、ISMは製造業、非製造業とも持ち直しが予想されている。これらが改善すれば、この材料で下げた2円分を戻し、103円台前半までの円安はあり得るだろう。そうなればずっとドル円の頭を抑えてきた75日移動平均を抜き、一目均衡表の雲の中に入る。これまでとは景色が違ってくる。日本株の大きな支援材料になるだろう。

現在、ドル円の75日移動平均は102円50銭程度。ここを明確にブレイクすれば年初来のトレンドが変わる可能性がある。上値は75日線に抑えられずっと右肩下がりできたが、下値は100円が節目となってサポートとなっている。このペナント型の保ち合いを放れる時機は煮詰まりつつある。このタイミングで米国の経済指標が改善すれば、一気に上に放れてくるだろう。

今の25日線と一目均衡表の雲の下限がともに101円94銭だから、米国の経済指標が改善した場合、ドル円は雲のなかに入ってくるだろう。10月上旬までは雲の上限は103円台前半。9月にISM統計で下げた2円を取り戻すことができるなら、今年初めて雲の上に抜け出せる。

まさに非常に重要な局面に差し掛かっている。僕はISMの改善にかけてドル円・日本株とも上昇を見込んでいるが、反対に行った場合、ドル円は再度100円割れもあり得る。週末には雇用統計の発表も控えている。例によって雇用統計はどう転がるかまったく読めない不確実性の高い指標だ。ここは乾坤一擲の勝負どころである。

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