新年度初日から約600円安と急落した日経平均。なんとも冴えない新年度のスタートだ。しかし、これで終ったわけではない。2016年度は今始まったばかりである。顔を上げて前を向こう。

円高による業績悪化懸念 600円安の背景は日銀短観の予想以上の悪化だ。企業の景況感が悪いから株が売られたという単純な構図ではない。日銀短観に示された景況感の悪化は一言で言えば、日本がデフレに逆戻りしたことの象徴である。前回のレポートで述べた通り、通貨の価値を決める根本的な要因はインフレである。インフレとは通貨の価値が下がること、デフレはその逆で通貨の価値が上がること。デフレが続いた失われた20年、ずっと円高だった。デフレと円高は表裏一体の関係である。だからこそ短観の悪化が示した足元の<デフレ感>が円高を意識させ、企業の業績悪化懸念が台頭した。これが1日の下落理由だろうと推察する。

ここで問題なのは円高になると、そんなに困るのか?ということである。言うまでもなく、円高には良い面悪い面両方があり、円安もまた然り。日本経済全体に与える効果については複雑過ぎて簡単に答えは出せないが、上場企業の業績へのインパクトに関しては、円高はネットでマイナスの影響がある。今年度の経常利益については1円の円高で増益率が0.5%程度押し下げられるという(3月4日付け日経新聞)。

日経新聞がその記事を報じた3月4日時点で、大手証券の2016年度の業績予想は、為替が110~115円の前提で約5%経常増益を見込んでいた。とすれば、為替が100円まで円高に振れて前期比横ばいか減益になるかどうかだろう。現在、市場を覆う2016年度の減益懸念というのは、やや弱気すぎると思う。

確かに自動車は円高の影響を受けて業績が振るわないが上場企業全体ではそれほどひどくない。2016年度は資源安の一服で商社や鉄鋼の収益が回復し、鉄道や小売りなど内需も堅調を維持する見通し。期初から下方修正でスタートしたパナソニックに代表される電機ですら東芝やシャープが足をひっぱることがなくなる分もあって全体の増益率は比較的高い。

円高によって、すべての企業の利益が吹き飛んでしまうわけではない。2日付け日経の観測記事にあったように東レは2016年3月期の営業利益は1550億円強と前期比27%増。円高が進み、航空機向け炭素繊維などの収益がやや伸び悩んだが、「ユニクロ」向けなど中国向けの繊維が補い2期連続で最高益を更新した。

事業環境にしても世界経済はこれから改善してくる。新興国の減速も目先いったん底が入りそうだ。中国の3月製造業購買担当者景気指数(PMI)は50.2と、景気判断の分かれ目となる50台を8カ月ぶりに回復した。欧州も緩やかな改善が続き、なんと言っても米国経済が堅調である。サミット・参院選を控えた日本も景気対策の発動が確実視されている。足元は短観が示した通り最悪である。では、これからどうなるかと言えば、急回復はないとしてもこれ以上の悪化は避けられるだろう。そうするべく国が対策を打つからだ。そうしたなかで、円高だけを気にして企業業績を過度に慎重に見るのは誤りだろう。

日経平均の上値目途・下値目途 日経新聞に掲載されているPERから日経平均の前期(2015年度)EPSを逆算して求めると、1日時点で約1120円。これは前年度(2014年度)比4%減とすでに減益予想だ。資源価格下落に伴う減損処理で商社の最終損益が赤字に転落したことなどが反映された結果だろう。このままいけば発射台が下がることになるが、そうすると前述した2016年度5%経常増益というのをそのまま当てはめるのは妥当ではない。下がった発射台を考慮すれば2016年度のEPSは前期見込み数字から伸びしろが大きくなる。保守的に見積もっても1200円が基本線だと思う。

PER15倍で日経平均は1万8000円。PERが16倍台後半まで拡大すれば2万円回復である。まったく自然で無理のない想定である。

下値の目途はどうか。2月の急落局面で割り込んだ1万5000円がいいところだと考える。その時に書いたレポートから引用しよう。
<業績に対する不透明感が強い局面ではPER(株価収益率)の有効性は高くないものの、株価から逆算すると、来期の予想業績として10%減益までは市場が織り込んだと言える。株価が1万5000円になって、標準のPER15倍を当てはめれば予想EPSは1000円だ。これは前期対比、約10%減益という水準である。 PERは元となる業績が安定性を欠いているので当てにならない一方、これまで企業が蓄積した純資産に対する倍率であるPBRは参考にできるだろう。日経平均が1万5000円を割り込んだ12日に、日経平均のPBRは1倍を割れた。PBR1倍割れというのはリーマンショック後やアベノミクス相場が始まる前の極度の低迷期に戻るということだ。コーポレートガバナンス改革や異次元緩和などアベノミクスのすべてを否定するような水準への回帰は行き過ぎであろう。>(2月15日付け「目先の底値に到達」)

市場に流れる慎重論として、「2016年度10%超の2桁減益となれば、日経平均は1万3000円もあり得る」という見方がある。例えば、EPS1000円でPER13倍なら日経平均は1万3000円だから、数字のうえではないこともない。但し、そのシナリオが示現する可能性は低いか、あったとしても「瞬間風速」的につけるだけで、その水準が定着するとは思えない。

その理由の一点目は、株価評価として純資産の観点が欠けていることだ。PERだけがバリュエーション指標ではない。前述したようにPBR1倍が意識されるだろう。そもそも減益といっても、それは利益の伸びが加速するのか減速するのかであって、利益自体は生み出される。赤字になるわけではないので自己資本は毀損しない。生み出された利益は配当など外部流出を控除した部分が内部留保で積み上がり、自己資本に加わる。

日経平均の前期実績BPS(1株当たり純資産)は1万4965円だった。これに仮にEPSが1120円、配当性向30%として内部留保率70%を掛けた784円を加えると新しいBPSは1万5749円である。
日経平均が1万3000円になれば、PBRは0.8倍。市場全体の評価として解散価値を下回り、自己資本がこの先2割も毀損することを織り込むようなレベルまで株価が低迷する理由はない。下値はPBRの観点から支えられるだろう。万が一、2016年度10%超の2桁減益でEPS1000円となったとしてもPBR1倍を下値目途とした場合、1万5749円はPER15.7倍。おかしな数値ではない。

結論としてPERが切り上がって日経平均が値を保つ。

マイナス金利がさらに拡大すれば、バリュエーションは上昇するのが理屈だからである。PERは要求利回りの逆数で、要求利回りを構成するリスクフリーレートが低下(マイナス)になれば、PERは計算上拡大する。実際にマイナス金利を導入した国・地域で導入前と導入後の市場PERの平均を比較すると、マイナス金利導入後の平均のほうが高くなっていることが観察された。