昨今、国内外で自動車の自動運転技術の開発が進んでおり、従来の自動車メーカーだけでなく、Googleなどの異業種やベンチャー企業も開発に参入し、しのぎを削っている。日本でも安倍首相が、2020年の東京五輪・パラリンピック開催時に東京で自動運転車を走らせるとの目標を掲げており、制度やインフラを整備して実用化を後押しするとしている。しかし、技術開発が進む一方、運転や事故発生時の責任についての議論は依然進行中である。今回は、自動運転車による事故の責任について考えてみたい。
日本では自動走行システムは段階別にレベル1から4までに分類されている。既に実現しているレベル2までは、ドライバーがどの局面でも何らかの状態で運転に関わっており、運転責任は現状どおり常にドライバーにある。
しかし、レベル3、4の自動運転になると、ドライバー以外の要因、つまり自動走行システムやその周辺環境が事故の原因となる可能性が出てくる。自動走行システムが原因で事故が発生した場合、システムを開発した自動車メーカーやソフトウェア企業、システムの運用に関わる通信企業や3Dマップを作成する企業にも責任が及ぶ可能性が出てくる。ハッカーによる乗っ取りが原因となる事故も出てくるかもしれない。道路等インフラのメンテナンス不足がシステムの正常な動作を妨げれば、道路を管理する自治体にも責任が及ぶ可能性もある。
自動運転に関する法対応については、国土交通省が自動車損害賠償保障法(以下、自賠法)を中心とした民事上の責任範囲について議論しており、警察庁も道路交通法など刑事上の責任範囲について議論を行っているが、法整備が完了するにはしばらく時間がかかりそうだ。
そのような中、今年6月に損害保険協会(以下、損保協会)が、「自動運転の法的課題について」と題した報告書を作成し、自動運転と損害賠償責任の考え方についての見解を示した。
損保協会は、対人事故について自賠法に基づき、レベル3の自動運転車の運行供用者は誰なのかという考察を行っている。自賠法によると運行供用者とは、当該自動車を「運行支配」し、かつ「運行利益」を得ている者のことであるが、後者については従来どおり、自動車を運行することによる利益はドライバーが得ていると考えられる、としている。「運行支配」については、システムが「運行支配」しているとも考えられるとしつつも、システムの限界時には運転責任がドライバーに委譲されること、自動運転中であってもドライバーはいつでも運転に介入できることから、ドライバーが「運行支配」していると解することが可能であるとしている(あくまでも損保協会の見解)。また、対物事故についても、過失に基づき損害賠償責任を負うとの考え方を適用することに問題はないと考えられる、としている。
しかし、レベル4の自動運転車については、従来の自動車とは別のものと捉えるべきとし、損害賠償責任のあり方については、自動車の安全基準、利用者の義務、免許制度、刑事責任のあり方など、自動車に関する法令等を抜本的に見直したうえで議論する必要があるとしており、見解を示せていない。
今後、自動運転に関する技術開発と並行して、運転責任の所在やそれを巡る法整備・法解釈の議論も一定の結論を得る必要がある。運転責任がドライバーにない、もしくはあっても部分的である事故が増えれば、自動車の所有者やドライバーなどが自動車保険に加入するだけではなく、自動車メーカーや通信会社も賠償請求に備えて保険に加入する、という時代がくるかもしれない。いずれにせよ、法整備に関しては日本だけでなく、世界各国を巻き込んだ議論が必要であろう。
コラム執筆:大津 智也/丸紅株式会社 丸紅経済研究所
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