今後の日本経済が持続的な成長を遂げていくためには、アベノミクスの3本目の矢である「民間投資を喚起する成長戦略(日本再興戦略)」が鍵となってくる。今回はその中のアクションプラン「国際展開戦略」における「租税条約の締結・改正推進」についてみてみたい。

租税条約とは、締結先国の配当、利子、不動産所得にかかる源泉所得税等を現地税制の税率より軽減または免除する条約であり、税コストの削減において重要な役割を果たす。加えて、税務上の問題が現地当局と発生した際に、相互協議や仲裁という形で、交渉での解決に持ち込めるなどの利点もある。通常は2国間の条約であり、比較的短期間で妥結することが可能である。

租税条約の推進には、①未締結国との新規締結、②既締結国との条約改正、という2つの観点がある。①について中国と比較してみると、日本は現在64の国や地域と租税条約を締結している一方、中国の締結先は99か国に上る(2013年)。中国の既締結先で日本が未締結の国々(図表1)には、ナイジェリア、モンゴルなど高い経済成長が見込まれる資源国も含まれ、これらの国と租税条約を新規締結することは日本にとっても投資拡大の契機となり、有益と考えられる。実際、租税条約の新規締結が投資規模の拡大に長期的に有意な影響を与える実証分析もあり、投資元である日本だけでなく、投資を受け入れる新興国においてもメリットがあるといえる。

20150407_marubeni_graph1.jpg

次に、②既締結国との条約改正についてだが、改正において重要なのは、条約内に仲裁規定を盛り込むことである。仲裁規定とは、税務上の問題(移転価格税制問題など)が現地税務当局との間で発生し、相互協議でも解決に至らない場合に、仲裁の申し立てを行うことで解決する規定のことである。仲裁に持ち込まれると現地税務当局にとっては不利な条件での解決策となる場合が多いため、現地税務当局としては仲裁を回避し相互協議内で解決しようとするインセンティブが働く。条約には、相互協議を開始してから2年以内に解決できなかった場合に仲裁に持ち込むことが出来るという規定が通常盛り込まれるため、問題解決までの期間が短縮されることになる。

日本は米国、中国、韓国、インド、ドイツなどの主要国と既に租税条約を締結しているが、仲裁規定が盛り込まれていない。これらの国との間では相互協議の件数が多いため、仲裁規定を盛り込んだ租税条約の改正が必要となっている。

改正の手続きの流れは、(ⅰ)条約交渉開始、(ⅱ)基本合意、(ⅲ)署名、(ⅳ)国会承認、(ⅴ)公文交換、(ⅵ)発効・公布である。米国との間では、仲裁規定を盛り込んだ新租税条約の(ⅲ)署名まで漕ぎつけ、日本の国会承認を得ているが、米国において、国家主権を抑制するとして議会での承認手続きが止まっている。ドイツとは(ⅰ)条約交渉を開始しているものの、(ⅱ)基本合意に移行しそうな気配が現状では見受けられない。

現在、「地球儀を俯瞰する外交」を推進している立場の安倍政権は、歴代の政権と比較して、積極的な外交活動を行っていることもあり、アベノミクスを展開する日本の注目度が高まっている。この好機を逃がさないためにも、租税条約に関する交渉を含めて、戦略的な通商関係の構築と経済連携を推進していくことが求められている。

コラム執筆:佐藤 洋介/丸紅株式会社 丸紅経済研究所

■丸紅株式会社からのご留意事項
本コラムは情報提供のみを目的としており、有価証券の売買、デリバティブ取引、為替取引の勧誘を目的としたものではありません。
丸紅株式会社は、本メールの内容に依拠してお客様が取った行動の結果に対し責任を負うものではありません。
投資にあたってはお客様ご自身の判断と責任でなさるようお願いいたします。