1. 日本の天然ガス輸入価格は低下する?
シェールガスに関する報道が増えています。シェールガスとは技術革新により新たに利用できるようになったシェール(頁岩)に含まれる天然ガス(以下単にガス)のことです。シェールガス生産に伴うガス増産により、①米国でガス価格が低下、米国はガス利用大国に、②世界的にガスの需給が緩和し、日本のガス(LNG)輸入価格も低下する、といった効果が期待されています。これがいわゆるシェールガス革命です。
実際、2012年の米国でのガス価格は同熱量の石油の約1/5まで安くなっており、米国でガスの利用が進むという見方には疑問を感じません。しかし世界的にガスの需給が緩和し、日本のガス輸入価格が低下するという見方には疑問を感じています。

2. 天然ガスの国際市場は不完全。従い需給緩和が価格に反映されない可能性も。
なぜ疑問を感じるのか?それはガスの国際市場が不完全であり、需給の緩和が価格に反映されない可能性があるからです。

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現在、ガス輸送方法としてはパイプラインとLNG(Liquefied Natural Gas:液化天然ガス)の2種類が主流です。図表1はこのうちパイプラインガスの国際価格を比較したグラフです。シェールガス生産とリーマンショックの影響を受け、2009年頃から米国・カナダのガス価格が急激に低下しています。一方、ドイツ・英国ではリーマンショックによる価格下落は見えるものの、その後は米国・カナダとは全く異なる価格の動きを示しています。これを見る限り、パイプラインガスの国際市場は不完全で、一部(この場合は北米大陸)で需給が緩んだとしても、その影響が世界全体に波及しにくい構造が見てとれます。

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次に図表2は世界最大のLNG輸出国カタールの輸出先別LNG単価です(2010年の貿易統計から算出しました)。一般に国際市場が機能している商品の場合、その商品の価格は世界中どこでもほぼ同じです。しかし図表2を見ると、LNG価格は売り先により約800ドル/t~200ドル/tと単価に大きな開きがあり、LNG国際市場の機能不全を示唆しています。
それではなぜパイプラインガス・LNGいずれも国際市場が不完全なのでしょうか?理由としてパイプラインガス・LNGいずれの市場も参入が困難という点が挙げられます。パイプラインガスを輸出・輸入するには、膨大なコストをかけてパイプラインを敷設する必要があります。LNGを輸出・輸入するにも同じく膨大なコストをかけて液化・気化設備を建設する必要があります。そしてこのような参入コストの高さが市場参入を困難にし、市場を不完全なものとしている可能性があります。例えばLNGについては、輸出量の約半分をカタール・マレーシア・豪州の3ヶ国が、輸入量の約半分を日本・韓国が占めるという寡占状態が続いています。

3. 不完全な市場では交渉力が必要。日本は歴史に倣いロシア産ガスを重視すべき。
日本は島国ということもあり、現時点では100%LNGでガスを輸入しています。そして大半を占める長期契約については、LNGの価格は需給に関係なく、日本の輸入する原油価格にリンクして決定されます(日本が世界の4割のLNGを輸入するLNG輸入大国であるにもかかわらず、です)。不完全な市場では交渉力が価格を決定しますが、日本には交渉カード(例えば安いパイプラインガスの導入など)が無いことが一番の問題と考えられます。従って、仮にシェールガス増産により世界のガス需給が緩和しても、その恩恵を受けられない可能性があります。
かかる状況下、日本がとれる現実的選択肢として、ロシア産LNGの安定的輸入拡大が考えられます。

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図表3は日本の主要LNG輸入先5ヶ国の単価を貿易統計から算出したものです。この中で最も安いのはロシア産LNGです。ロシア産LNGが安い理由は様々ですが、やはり地理的な近さが大きな理由であると考えられます。従って当面はこの安いロシア産LNGの比率を一定レベルまで上げていくことが日本のLNG価格、ひいては発電コスト引き下げに寄与するはずです。
そして将来的にはロシアからのパイプラインガス導入も視野に入れるべきでしょう。実際、日本と同じ島国でありながらパイプラインガスを導入している英国は、カタールから日本の約半値でLNGを購入しています(購入量は日本より少ないにもかかわらず)。また更に踏み込むなら、CO2排出を抑制すべくロシアからケーブルを引いて直接電力を輸入するというアイデアもあります。
日本の海外自主開発石油第1号は1926年の北樺太石油会社による旧ソ連・サハリンのオハでした(第56回「日の丸原油」第1号はアラビア石油ではない(http://lounge.monex.co.jp/advance/marubeni/2013/03/05.html)をご参照ください)。日本が経済合理性を追求すれば、その主要エネルギー源は自ずと近場のロシアとなります。歴史は繰り返すのです。

コラム執筆:シニア・アナリスト 榎本 裕洋/丸紅株式会社 丸紅経済研究所
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